意地悪な彼の溺愛パラドックス
「遼くんに迷惑かけたら悪いと思って、我慢してたんです!」
力感にあふれ睨み上げた私に戸惑う彼は、どうやら想定外の攻めに弱いらしい。
このまま本音をこぼしたら、返してくれるだろうか。
「遼くんこそ、私のこと好きですか? 会いたかったですか?」
「え?」
自信がなさそうに言う私を見る彼の瞳が揺らいだ。
なにを言い出すのかと驚いただけかもしれないけれど、微かな動揺だって不安要素。
つかむ手を緩めて、乱れた彼の服を直しながら胸の内を吐き出す。
「もしかしたら本当はそうでもないのかなって、自信がなくて会いたいって言えませんでした」
「そんなことは……」
「それに、また『やだよ』って言われたら怖いです」
肝心なところで素っ気ないから、愛されていると胸を張っていいのかわからない。
黙り込んだ彼は、ポリポリと頭をかいてフッと肩の力を抜いた。
「だから俺はダメなんだよな」
彼からこぼれた意外な言葉が胸を突く。
すごく苦しくて切なそうに、それでも口角を上げるのはきっと彼の強さ。
そこまで責めることを私は言ってしまったのかと自責し、後悔を見せる彼の胸にしがみついた。
「遼くんはダメじゃないですよ」
ただ、なにかあるのなら、どんなことでもいいから、話してほしいだけなのだ。
「私の嫌なところとか、ちゃんと直すので遠慮せずに教えてください」
これからもあなたといたいから。
そんな私の真っ直ぐな眼差しを、やんわりと受ける彼が「かよのせいじゃない」と力なげに微笑む。
そのひどく傷ついた表情に無性に抱きしめてあげたくなって、大きな背中に手を回した。
「トントン。開いてますけど」
ビクッとした私は事務所のドアが全開だったことを思い出す。
声の主は幸いにも大和くん。
ニヤニヤしながら出入口に立ち、工具を肩にのせて軽いリズムをとっている。
私は熱くなった顔を押さえてパッと離れるが、彼は平常心で大和くんに向かってグッと親指を立てた。
「やまちゃん、見逃して。例の件リオに交渉してあげるから」
「じゃ、五分だけ見張りしてあげよう」
「よろ」
同じようにグッと親指を立てて返した大和くんは、相変わらずニヤニヤしながらドアをパタンと閉める。
私は閉められたドアと遼くんを交互に見た。
「えっ!? え? なにそれ!?」
このふたり、この間ケンカしていたよね。
いつの間に仲直りしたのか、それとも言葉はなくとも伝わるなにかがあるのか。
どちらにしてもうらやましい。
そう大和くんにヤキモチを焼いてしまうほど、彼に落ちているこの恋は盲目。
なのだけれども。
「えっ、ちょ、遼くん待って」
後ずさる私にさりげなくじりじりと詰め寄る彼に、さっきまでの表情は微塵もない。
壁際にたどりつき後に引けなくなると、意地悪そうにニヤリと笑みを浮かべた。
「ところで田辺はずっとあんな感じ?」
「え? まぁ、そうですね。初っぱなから嫌味爆発してましたけど、負けずにがんばってます」
私は笑窪を輝かせて「一年前に比べて、だいぶ強くなったでしょ?」と、自分の成長を認めてもらおうと背筋を伸ばしたのだが、彼は苛立ちを吐き出すようにため息をつき、タンッと私の頭の上に右手をつく。
「言いなさいって」
「でも、今のところ私もわりと流せているし、仲良くなろうと努力していますから……」
「そういうことじゃねーし」
もどかしそうに片方の手がまた音を立てて、完全に私を閉じ込める。
なにが気に入らないのか検討もつかず、さすがにオロオロしていると、彼の額と私の額がコツンとくっついた。
「俺以外にいじめられないでよ」
そうして光る彼の視線が私を捕らえると、もうただならぬ雰囲気に目眩を覚える。
私が話したいのはこういうことじゃないのにとあくせくしつつ、熱くなる吐息に思考が乱れて、それはまるで崖の上から飛び降りるかどうかの瀬戸際のよう。
鼻先が触れる寸前に、いよいよ耐えられなくなり「セクハラ!」と拳を振りかざして、私はそのまま店内へ逃亡した。
「はぁ。……まただ」
気づけば彼は私が踏み込むと、はぐらかしたりごまかしたりして、結果なにも答えてくれない。
好きな人に流されるのは悪くないと思うけれど、私はここを見過ごしていいのだろうか。
ずっと感じていた違和感は、彼に対する先入観を捨てれば、ぎこちなかったのだとわかる。
同棲とか子供とか、将来ワードに臆する彼には、もしかすると私が原因ではない、なにかがあるのかもしれない。
というのは深読みしすぎだろうか。
見えない心の中を、ほんの少し覗けたらどれだけいいだろう。
答えが出るわけでもないのに、抱いていた疑念を悶々と考えた。
力感にあふれ睨み上げた私に戸惑う彼は、どうやら想定外の攻めに弱いらしい。
このまま本音をこぼしたら、返してくれるだろうか。
「遼くんこそ、私のこと好きですか? 会いたかったですか?」
「え?」
自信がなさそうに言う私を見る彼の瞳が揺らいだ。
なにを言い出すのかと驚いただけかもしれないけれど、微かな動揺だって不安要素。
つかむ手を緩めて、乱れた彼の服を直しながら胸の内を吐き出す。
「もしかしたら本当はそうでもないのかなって、自信がなくて会いたいって言えませんでした」
「そんなことは……」
「それに、また『やだよ』って言われたら怖いです」
肝心なところで素っ気ないから、愛されていると胸を張っていいのかわからない。
黙り込んだ彼は、ポリポリと頭をかいてフッと肩の力を抜いた。
「だから俺はダメなんだよな」
彼からこぼれた意外な言葉が胸を突く。
すごく苦しくて切なそうに、それでも口角を上げるのはきっと彼の強さ。
そこまで責めることを私は言ってしまったのかと自責し、後悔を見せる彼の胸にしがみついた。
「遼くんはダメじゃないですよ」
ただ、なにかあるのなら、どんなことでもいいから、話してほしいだけなのだ。
「私の嫌なところとか、ちゃんと直すので遠慮せずに教えてください」
これからもあなたといたいから。
そんな私の真っ直ぐな眼差しを、やんわりと受ける彼が「かよのせいじゃない」と力なげに微笑む。
そのひどく傷ついた表情に無性に抱きしめてあげたくなって、大きな背中に手を回した。
「トントン。開いてますけど」
ビクッとした私は事務所のドアが全開だったことを思い出す。
声の主は幸いにも大和くん。
ニヤニヤしながら出入口に立ち、工具を肩にのせて軽いリズムをとっている。
私は熱くなった顔を押さえてパッと離れるが、彼は平常心で大和くんに向かってグッと親指を立てた。
「やまちゃん、見逃して。例の件リオに交渉してあげるから」
「じゃ、五分だけ見張りしてあげよう」
「よろ」
同じようにグッと親指を立てて返した大和くんは、相変わらずニヤニヤしながらドアをパタンと閉める。
私は閉められたドアと遼くんを交互に見た。
「えっ!? え? なにそれ!?」
このふたり、この間ケンカしていたよね。
いつの間に仲直りしたのか、それとも言葉はなくとも伝わるなにかがあるのか。
どちらにしてもうらやましい。
そう大和くんにヤキモチを焼いてしまうほど、彼に落ちているこの恋は盲目。
なのだけれども。
「えっ、ちょ、遼くん待って」
後ずさる私にさりげなくじりじりと詰め寄る彼に、さっきまでの表情は微塵もない。
壁際にたどりつき後に引けなくなると、意地悪そうにニヤリと笑みを浮かべた。
「ところで田辺はずっとあんな感じ?」
「え? まぁ、そうですね。初っぱなから嫌味爆発してましたけど、負けずにがんばってます」
私は笑窪を輝かせて「一年前に比べて、だいぶ強くなったでしょ?」と、自分の成長を認めてもらおうと背筋を伸ばしたのだが、彼は苛立ちを吐き出すようにため息をつき、タンッと私の頭の上に右手をつく。
「言いなさいって」
「でも、今のところ私もわりと流せているし、仲良くなろうと努力していますから……」
「そういうことじゃねーし」
もどかしそうに片方の手がまた音を立てて、完全に私を閉じ込める。
なにが気に入らないのか検討もつかず、さすがにオロオロしていると、彼の額と私の額がコツンとくっついた。
「俺以外にいじめられないでよ」
そうして光る彼の視線が私を捕らえると、もうただならぬ雰囲気に目眩を覚える。
私が話したいのはこういうことじゃないのにとあくせくしつつ、熱くなる吐息に思考が乱れて、それはまるで崖の上から飛び降りるかどうかの瀬戸際のよう。
鼻先が触れる寸前に、いよいよ耐えられなくなり「セクハラ!」と拳を振りかざして、私はそのまま店内へ逃亡した。
「はぁ。……まただ」
気づけば彼は私が踏み込むと、はぐらかしたりごまかしたりして、結果なにも答えてくれない。
好きな人に流されるのは悪くないと思うけれど、私はここを見過ごしていいのだろうか。
ずっと感じていた違和感は、彼に対する先入観を捨てれば、ぎこちなかったのだとわかる。
同棲とか子供とか、将来ワードに臆する彼には、もしかすると私が原因ではない、なにかがあるのかもしれない。
というのは深読みしすぎだろうか。
見えない心の中を、ほんの少し覗けたらどれだけいいだろう。
答えが出るわけでもないのに、抱いていた疑念を悶々と考えた。