意地悪な彼の溺愛パラドックス
里央さんは終始穏やかに話してくれた。
決別までどれほどの時間がかかったのか想像もつかないし、今なお過去に囚われているのはたしか。
けれども里央さんは、大和くんのように朗らかに微笑んだ。
「遼って普段は怖いものなしって顔してるけど、そうでもないからガツンと言ってやって」
私は正直、不安で自信もなかった。
私の知る遼くんが、今までの彼とは少し違う人に思えてくる。
私が落ちたときの彼の動揺は、私なんかでは到底理解できないほど根の深いもので、ヒーローのようにヒョイと飛んできたわけではなかったのだ。
やるせない思いともどかしさは、彼に理不尽だと怒りをぶつけてしまった私を責める。
こらえるように下唇を噛んでうつむいた私の肩に、慰めるかのように大和くんは優しく手をのせた。
「大丈夫。愛のあるイライラは、ちゃんと伝わるって実証済み」
「……あ、里央さん?」
私が言わんとすることを把握した大和くんと顔を見合わせると、里央さんが不思議そうに「なんのこと?」と首を傾げる。
気恥ずかしそうにポリポリと首をかいた大和くんの唇が弧を描きかけたとき、隣の部屋から「ままー」と、声高な泣き声が響き空気を裂いた。
毛布を引きずりながら起き出してきたアイリちゃんを里央さんが抱きしめると、その腕の中でたしかめるように胸に顔をこすりつける。
それを見ていた大和くんはやわらかな眼差しで、グスグスと寝息を立て始めたアイリちゃんをなでて言った。
「俺思うんだけど、ふたりが恋を乗り越えてやがて愛に変わるでしょ。そしたら、それが奇跡に変わって〝ひとり〟になったんじゃないかな」
「……奇跡」
「だから、アイリは俺の和と里央の里を合わせて、和里って書くんだよ」
知らなかったと目を丸くする私の心はあたたかくて、沸々と勇気が湧いてくる。
「大和もたまにはいいこと言うわね」
「だてに戦場行ってないッス! カード返してください」
にんまりと両手を差し出した大和くんに、里央さんは盛大なため息をついて顔をしかめ「大和も遼も、いつまでも成長しないんだから」と頭を抱えた。
そして大きなお腹にしがみつく和里ちゃんの背中をトントンとさすりながら、その目で見守るのは小さなふたりの、あたたかな奇跡。
「踏み出せばこんなにも幸せな世界かもしれないのにね。遼にも、幸せになってほしいな」
里央さんはふふっと笑って、私に乞うように言った。
大和くんの家を出るとすぐに白い煙が目に入った。
ゆっくり吐き出されるそれと小さな火の粒は、私が最初に知った彼の香り。
「どうして……?」
「お節介なお姉様方からの連絡」
「いつの間に」
長く深く吐き出す煙を最後に、彼は火を消した。
そして夜空を仰ぐように大和くんたちのぬくもりを見上げる彼が、まるで遠くの焚き火に手をかざしているようで、私は静かにひと粒の涙をこぼす。
それは誰にも気づかれることなく、なまぬるい夜風が乾かした。
予報では朝方から春の嵐になるらしい。
小雨のぱらつき始めた前触れに、私は自身の前触れを重ねた。
決別までどれほどの時間がかかったのか想像もつかないし、今なお過去に囚われているのはたしか。
けれども里央さんは、大和くんのように朗らかに微笑んだ。
「遼って普段は怖いものなしって顔してるけど、そうでもないからガツンと言ってやって」
私は正直、不安で自信もなかった。
私の知る遼くんが、今までの彼とは少し違う人に思えてくる。
私が落ちたときの彼の動揺は、私なんかでは到底理解できないほど根の深いもので、ヒーローのようにヒョイと飛んできたわけではなかったのだ。
やるせない思いともどかしさは、彼に理不尽だと怒りをぶつけてしまった私を責める。
こらえるように下唇を噛んでうつむいた私の肩に、慰めるかのように大和くんは優しく手をのせた。
「大丈夫。愛のあるイライラは、ちゃんと伝わるって実証済み」
「……あ、里央さん?」
私が言わんとすることを把握した大和くんと顔を見合わせると、里央さんが不思議そうに「なんのこと?」と首を傾げる。
気恥ずかしそうにポリポリと首をかいた大和くんの唇が弧を描きかけたとき、隣の部屋から「ままー」と、声高な泣き声が響き空気を裂いた。
毛布を引きずりながら起き出してきたアイリちゃんを里央さんが抱きしめると、その腕の中でたしかめるように胸に顔をこすりつける。
それを見ていた大和くんはやわらかな眼差しで、グスグスと寝息を立て始めたアイリちゃんをなでて言った。
「俺思うんだけど、ふたりが恋を乗り越えてやがて愛に変わるでしょ。そしたら、それが奇跡に変わって〝ひとり〟になったんじゃないかな」
「……奇跡」
「だから、アイリは俺の和と里央の里を合わせて、和里って書くんだよ」
知らなかったと目を丸くする私の心はあたたかくて、沸々と勇気が湧いてくる。
「大和もたまにはいいこと言うわね」
「だてに戦場行ってないッス! カード返してください」
にんまりと両手を差し出した大和くんに、里央さんは盛大なため息をついて顔をしかめ「大和も遼も、いつまでも成長しないんだから」と頭を抱えた。
そして大きなお腹にしがみつく和里ちゃんの背中をトントンとさすりながら、その目で見守るのは小さなふたりの、あたたかな奇跡。
「踏み出せばこんなにも幸せな世界かもしれないのにね。遼にも、幸せになってほしいな」
里央さんはふふっと笑って、私に乞うように言った。
大和くんの家を出るとすぐに白い煙が目に入った。
ゆっくり吐き出されるそれと小さな火の粒は、私が最初に知った彼の香り。
「どうして……?」
「お節介なお姉様方からの連絡」
「いつの間に」
長く深く吐き出す煙を最後に、彼は火を消した。
そして夜空を仰ぐように大和くんたちのぬくもりを見上げる彼が、まるで遠くの焚き火に手をかざしているようで、私は静かにひと粒の涙をこぼす。
それは誰にも気づかれることなく、なまぬるい夜風が乾かした。
予報では朝方から春の嵐になるらしい。
小雨のぱらつき始めた前触れに、私は自身の前触れを重ねた。