意地悪な彼の溺愛パラドックス
「遼くん、そこはダメ!」
「ん?」
「わ、わわ! 見ちゃダメ!」
「んー?」
予想の斜め上を行く彼は、一筋縄ではいかない。
私が彼に惚れたように、じわじわと罠でも仕掛けてやりたいくらいだ。
「ちょ、ストップ!」
「もっとセクシーなのにしなよ」
「変態! セクハラ!」
「見てくださいって感じで干してあるから、つい」
「ワンルームなんだから、仕方ないじゃないですか!」
私は彼の顔の前で片手をひらつかせて、もう片方の手でシャットアウトしたいターゲットをバチバチとはずし撤去する。
彼からの「今度こそ送る」という厚意を受け、思い切ってそのまま招いた私の住まいは、一部屋で洗濯物を干すし寝食もするので、ベッドやテーブルやタンスが押し詰まっているのだ。
ナチュラルテイストで明るく優しい雰囲気を心掛けているが、なんというか少々服や物にあふれていて、まぁとにかく狭いため突然人を呼ぶには向かない。
それよりも、そっくりテンポを狂わされたことが問題。
奴も奴でシリアスな雰囲気はいずこへ。
私のベッドに腰を下ろし、手近のビーズクッションを手中に収めてくつろぎ、キョロキョロと室内を観察する。
「ぬいぐるみいっぱいだし。バカヨらしいというか、お子様だね」
「かわいい景品があると、ゲットしたくなっちゃうんです」
「あー、うん。わかる」
「私を見て言わないで!」
悩ましげなため息をついた彼が、いつかのように百円玉を取り出す素振りをしたので、私は頬を膨らませてインスタントコーヒーを作るために握ったスプーンの先をビッと彼に向ける。
「私、100円じゃゲットできませんから!」
「じゃ500円で六回プレイ」
「意地悪っ」
多分、私が里央さんから聞いたことは知っているはずなのに、ケラケラと笑う彼はなかったことにしたいようだ。
きっと、弱音を吐くには大人になりすぎた。
このままやり過ごしたいのだと思う。
リビングテーブルにマグカップをふたつ置くと、私はカーペットの上に無数に転がる低反発クッションにお尻を半分のせた。
マグカップの中で広がる波紋をぼんやりと眺め思い悩む。
スプーンの先をコーヒーに沈めて渦を描き始めると、呑気に私のうしろ髪をサラサラとすいていく、彼にとってごく自然な動作が繰り返された。
シンとした室内でカタカタと揺れる物音に気づいて、ときどき強くなる風に窓を見てから、私は静かに彼の座る隣に腰を下ろす。
横から髪のひと束をクンと引っ張られ彼を見ると、手遊びする子供のようでおかしい。
「髪、好きですね」
「うん。好きだよ」
晴れやかに言う上面とは裏腹に、長い髪先を掬い指に絡めるその表情は冷淡で、心の中のどこか遠くを見ていて、私を見ていないような気がして。
たしか、前にもこんなことがあったなと脳裏をよぎる。
哀愁に似た静寂で夢だと思った朝のこと。
『髪、好きなんですか?』
『え? ……うん。好きだよ』
『本当に?』
『寝ぼけてるの?』
彼はそう言って、ごまかした。
髪を好きだというのは嘘ではないと思う。
けれども、あのとき最後にはぐらかしたのは、もしかするとそこに遠い記憶を見ていたから。
里央さんが言っていた『透き通るように綺麗な長い髪の人』と重ねているのは明白だった。
意を決して立ち上がると、ベッドが小さく軋む音がする。
「どうし……」
彼が問いかけたときには、私はスタスタと歩きリビングボードの上のペンスタンドに手を伸ばしていて、とにかくその一点しか見えなかった。