意地悪な彼の溺愛パラドックス
ザンッと音を立てて、そうして散らばった私の一部は、荒れる風を絵に描いたよう。
荒い呼吸で不格好に短くなった髪を揺らし、真ん丸に目を見開くだけの彼に清々しく微笑んだ。
「なにしてんだよ!?」
彼への衝撃は風船がパンッと割れたときのような、一瞬にして身の毛がよだつ出来事になったはず。
ベッドに腰かけたまま間抜けに思考停止している彼は、いくらつついても折れそうにないし、どうすれば折れるのかもわからないから、実力行使に出たまで。
自分から近づいたくせに分が悪いと妙に距離をとる、身勝手な彼の隕石にでもなれたらいい。
「今、私を見ていなかったでしょう? 遼くんはときどき、私に過去を見てる」
「……お前しか見てないよ」
「ごまかさないでください。なんだか冷たくて、つらそうな顔してます」
「バカヨのくせに、変な気遣うな」
ガシャンと音を立てて役目を終えたハサミはレアアイテム。
こんなことは恩着せがましいのかもしれないけれど、私もはなはだ身勝手。
彼は私の短くなった髪が見るに耐えないのか、目を逸らして震えるため息をついた。
「俺のために、そこまでしないでよ」
「私のためでもあります」
「……え?」
「嫌われたくなくて遠慮することへの決別と、あなたとすべてを乗り越える始まりへの決意」
お互い、エゴイスティックは上等だ。
それが人間だと思う。
私は少し低い声で言い放ち、ゴクリと唾をのむ。
服に残った髪を軽く払いながら彼のもとへ戻り、その前にしゃがみこんで見つめ上げた。
「だから遼くんも。私が攻略してあげるので白状してください」
寛容かつ強かを装う私の内心は、本当は怖くてバクバクと騒ぐ心臓で破裂しそう。
貫く支えは痛いほど抱きしめてくれた彼のぬくもり。
言えない真意をあなたから聞きたい。
それを架け橋にしてみせるから。
彼はうつろな目で、睨むにも似た眼光でいる私を見やり、額を中指でピンッと弾く。
「ひっ!?」と声をあげた私の緊張の糸が切れると「恐ろしい奴だな」と、観念したように笑った。
「……長い髪が、綺麗な人だった」
遠くを見るように馳せる彼が、わずかに表情を和らげる。
子供が抱きしめられて安心するように、それが彼の好きの記憶。
母親のぬくもりなのだろうか。
私は額をさすりながら彼の隣に座り、控えめに覗き込む。
「不思議だよな。あんな残念な母親でも、好きだと思っていた記憶があるんだよ」
「子供は、そうだと思います」
おずおずと賛同した私に軽くうなずき、彼はぎこちなく口角を上げた。
「母親に向いてなかったんだろうね」
そう割り切って責めることをしない彼の、悠々たる物言いに思わず思慮を凝らす。
物思いにふける私の目は、憐れみに見えたのだろうか。
彼はいくらか嘲笑うようにフッと鼻を鳴らした。
「自分を特別不幸だと思ったことはないよ」
「え?」
その声色は少し冷たくて、距離を置かれてしまったような孤独感を覚える。
「おかげで口うるさいのはリオくらいで、自由に生きてこられたし」
「そんな……」
弱さに寄り添おうと思っていた私は、さっきのデコピンと一緒に跳ね返されてしまったようで、どう返したらいいのかわからず言葉を詰まらせる。
「俺、落ち込むタイプじゃないから。なんてことないんだよね」
私個人のスケールでは考える機会などそうはないが、たしかに誰もがなにかしらを乗り越えながら生きているわけだし、気の持ちよう次第では「なんてことない出来事」であり、オプティミスティック。
それに大抵、不幸だと嘆く人間は充分幸せだったりする。
じゃあなぜ臆するのか。隠すのか。
多分、そうした彼の楽観主義にブレーキをかけるのが過去に対する無限ループ。
裏切られる痛みを知っているから、臆病になるのかもしれない。
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