桜の季節、またふたりで
母はそれ以上何も言わずに、


「行ってきます」


と夜勤へ向かった。


少し胸が痛んだけど、私も髪型を整え、スニーカーを履いてアパートの外に出た。



まだ10分前だったけど、雨の日に下ろしてくれたコインパーキングに、五十嵐さんのシルバーの車は停まっていた。


「すみません、お待たせしました」


駆け寄った私に、


「美春ちゃん、走らなくていいのに。


楽しみで楽しみで、俺が早く来すぎたんだから」


五十嵐さんは、いつもの笑顔で迎えてくれた。


「じゃ、出発な」


「五十嵐さん、どこへ行くんですか?」


「俺が育った街。


ここから1時間くらい、あっそれ飲んでいいからな」


助手席のドリンクホルダーには、ペットボトルのミルクティーが入っていた。


「ありがとうございます、いただきます」


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