闇喰いに魔法のキス《番外編》






私は、動揺を抑え込みながら言葉を続ける。



「私のこと、知ってたんですか?」



「そう警戒するな。

職業柄、周りを無意識に観察する癖があるだけだ。」



“職業柄”…?



私がまだ警戒しているのを察したのか

青年は小さく息を吐いて、店の窓側のテーブルを、視線と顔の動きで私に見るように促して口を開いた。



「あそこに座ってるじいさん

もうすぐ店員に年代モノのワインを頼むぞ」



「え…?」



私がぱちり、とまばたきをすると

数十秒後、おじいさんは青年が言った通り値が張るワインを注文し、それを美味しそうに飲み干した。


青年は手に持つフォークとナイフをテーブルに置いて言葉を続けた。



「あのじいさん、いつも食後に飲んでるんだよ。会計もブラックカードで支払いだ。

…お忍びで来てる、どっかの財閥の会長さんかもしれないな。」



青年の言葉通り、おじいさんは私とは縁遠いカードで支払いを済ませると

店の前に停まっていた、おじいさんを迎えに来たと思われる車に乗り込んで帰って行った。



「ん、見な。次はあそこのカップル。

一見仲の良い普通の恋人同士だが、女の方は相当悪女だ。」



えっ。


青年の言葉に、私は壁際の席と目を向ける。



「あの女は、他にざっと五人は男がいる。毎回違う男を連れて店に来ているんだ。

必ず男に金を払わせて、見たところ服やバッグは全てブランド品。」



「ほ、ほんとだ…。」



「…大方、全部男からの貢ぎ物だろ。」



長い髪の女性は、きらびやかな装飾品を身にまとっている。

私が買うお金も暇もなく、任務中にたまに通り過ぎるショーウィンドウを密かに眺めていたブランド品だ。


じっ、と見つめていると、男性が女性に白い箱を渡している。

中から出てきたネックレスに、彼女は大喜びだ。



…会う度にああやって貰っているのかな。



私が冷ややかな視線をカップルに送っていると

私の目の前の青年は、ふっ、と笑って口を開いた。



「どうだ?俺の“ストーカー容疑”は晴れたか?」



「っ!」



“ストーカー”かもしれないと、密かに疑っていたことを見透かされていたのか。



「ご、ごめんなさい。

あなたは“シロ”です。」



「ん。分かってもらえたなら良い。」



青年は、再びナイフとフォークを手に取り、料理を口に運んだ。


…ストーカーじゃないってことは分かったけど、普通の人はここまで周りを観察しないよね?


赤の他人で、素性も分からない人達ばかりなはずなのに

まるでこの人は、一度見た人の情報が全て頭の中に入っているみたいだ。


いくら魔法使いでも、テレパシーで相手の個人情報を盗みとったりすることは出来ない。


いや、この男は魔法なんか使っていない。

“洞察力”が、飛び抜けているんだ。


口調や推理からも、頭の良さが伺える。


顔が整っている上に、身長も、さっき立ち上がった時私より二十センチほど高かった。


…女物のブランドを知っているあたり、女慣れしてるんだろうなってことは分かるけど。



この人、一体何者…?



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