闇喰いに魔法のキス《番外編》



私がつい食事の手を止めると

青年は気だるげに軽く頬杖をついて、言葉を続けた。



「俺があんたがタリズマンだと気付いたのはついさっきだ。相席を持ちかけられた時はあんたから情報を盗もうだなんて思わなかった。

…もちろん、今もそんな気はさらさら無い」



青年は、色香を帯びた瞳で私をとらえ

私の心に直接入り込むような声で言った。



「俺があんたに質問するのは、単にあんたに興味があるからだ。

その隙のない態度に隠されているのは、どんなものなのか──…とかね。」



…!!



心の奥が、震えた気がした。


目の前のこの男から、視線を逸らすことが出来ない。


情報屋をやっている、ということは元々好奇心旺盛な人なのかもしれない。


私のことが知りたい、というのも、興味の範疇なんだ。


…別に、今の発言に深い意味なんてないんだろうな。



「…そんなことを言われたのは初めてです」



「そうか?あんたは美人だし、口説かれ慣れているのかと思ってた。」



「口説……?!」



つい動揺すると、青年はくすくすと笑う。



…からかわれた…?


冗談でも“美人だ”と言われれば悪い気はしないけど…。



眉を少し寄せて彼を見つめていると、青年がふと携帯を見て息を吐いた。

そして、彼はグラスの酒を飲み干し、カタンと席から立ち上がる。



「悪いが、俺はそろそろ行く。今夜は相席できて良かったよ。

情報屋として、というより、本気でもっとあんたのことが知りたくなった。」



「っ!」



本音かどうかは分からないが、直球な彼の言葉に、体が緊張で固まった。


その時、彼がすっ、と私の伝票を手に取る。







私は、会計を済ませようとする彼に向かって慌てて声をかけた。



「情報屋さん!私、自分で払います!」


「今夜は奢る。あんたの個人情報を聞きだした詫びだ。

…もし次会うことがあれば、その時は割り勘にしよう。」



…!



“次”…。



密かに胸が音を立てた。


私も、もっとこの人のことを知りたい、と

そう思った。


その時、青年が、すっ、と私に近づいた。

見上げると、彼は私を見つめて口を開く。



「それと俺の名前、“情報屋さん”じゃないから。

…“ロディ”って呼んで。敬語もなくていい」



「…それって“偽名”?」



「本名だよ、疑うな。」



ふっ、と笑ったその顔を直視出来ずに思わず目を逸らすと

ロディは、私から離れて言葉を続けた。



「あんたの名前は?」



私は、藍色の瞳をちらり、と見つめ返し
答えた。



「私は“ミラ”。…本名だから。」



ロディは、くすり、と笑って歩き出した。



「ん。またな、ミラ。」



耳に残るロディの声は、私の心に深く刻まれた。


たった二文字の名前を呼ばれただけで、急に警戒心の壁が崩れ去る。



…どれだけ破壊力がある声をしてるんだ、あの男は…。



私は、“彼とまた会いたいかもしれない”という不安定でもやもやした気持ちを押し込め

すっかり冷めてきている鶏肉を頬張ったのだった。


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