ライ【完】
「バッ…馬鹿にしないで!」

そう言って私は目をそらす。

こんなライ。今までに見たことがない。

ライのその表情から

私は何かを思い出しそうだったが、

結局、何も思い出せなかった。

「貸して。」

再びそう言われて

ライにベースを渡すとライは馴れた手つきで

ベースに新しい弦を通し始めた。

「…こんな感じで元カレに弦交換してもらってたの?」

「何で分かったの!?」

「そりゃ分かるだろ。志穂がこんな感じじゃ放っておけないもん。」

「――楽器を?」

「そう。」

即答するライにもう知らないと怒ると

ごめんと返ってきた。

「――元カレとは何で別れたの?」

そう聞いてきたライに

答えられない理由もなく。

「えっとね、向こうの引っ越しだよ。というか、自然消滅型かな?彼ね、何も言ってくれなかったの。引っ越すとか。挨拶も。気がついたら引っ越してて、携帯も変えたのか音信不通。しょうがないよね。」

そう言う私に悲しそうな目を向けるライ。

「なんでライがそんな顔するの?私はね、彼のこと恨んでないよ。彼にも彼なりの理由があって言わなかったんじゃないかなって。それにね、私も悪いんだ。だって―――」

私はこの後の言葉を言うのを躊躇った。

「だって?」

不思議そうな顔をするライに私は

続ける。

「彼の顔――明確に思い出せないから。」

私の言葉にライは息を呑んだようだった。





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