昨日のキミと、今日の私。
チャンスとリスク
第四話 チャンスとリスク
「香月ー!また明日!」
「おう!また明日な!」
クラスにもすっかり馴染んだ翔は高校生活を楽しんでいた
「そういえば彩葉。お前、新入生歓迎会から一気に部員が増えたんだっけ?」
「えぇ、思っていた何倍も反響があって」
「あの作品、面白かったもんな」
「…香月くんは、まだ舞台に立つことが嫌?」
「…前は、嫌で嫌で仕方なかった。
だけど、初日にお前に会って色々知ってからは前ほどじゃなくなったなぁ」
「ほんと?!」
彩葉は目をキラキラと輝かせる
「あ、駅着いたみたい。香月くんも電車なの?」
「いや、普段は仕事があるから氷山が迎えに来るんだけど…
今日はオフだからさ、たまには電車で帰ってみたいなーって」
照れくさそうに頬をかく
「…そっか!」
偶然にも帰り先が同じだったらしく、ホームで電車を待つ二人
何気ない会話をしていると、電車が到着した
「あれ、いつもならこの時間全然人いないはずなのに…」
「え、ほぼ満員じゃね?」
「今日なにかあったっけ…
わたし、電車通学二年目だけどこんなの初めて…」
「…とりあえず行くぞ」
「わっ、待って!」
グイッと翔に手を引かれた彩葉は急いで車内に乗り込む
ドア側にギリギリ入れた二人は既に押しつぶされそうなほど人が多い車内に、ギブアップしそうだった
満員の車内で揺れる度に何度も押される彩葉は身動きがとれない
ふと押しつぶされる感覚が無くなり、随分とラクになった彩葉
「…?」
恐る恐る目を開けると
彩葉を庇うようにして立つ、翔の姿が目の前にあった
「こうげ…」
言いかけた彩葉をしーっと人差し指で制する翔
「…さっきのままじゃ、きついだろ。
着くまでこれで我慢な」
ち、近い…!!
男子とこんな至近距離なんて初めてで戸惑う彩葉
…なんか、いい匂いがする
それが目の前にいる翔の匂いだと気づくまでに、時間はかからなかった
翔は恥ずかしいのか気をつかっているのか顔を上げようとせず、下を向いたままだった
安心して外にチラッと視線を向けた瞬間
ーーガタンッッ!!
「うわっ!」
大きく電車が揺れ、一気に人が押し寄せる
「…っ!」
押された翔の顔が、彩葉の耳元に当たる
「…わりぃ、ちょっと動けそうにない。
着くまで我慢してくれるか」
「っ…!」
息がかかる度、ビクッとなる彩葉
こ、これあと何分続くの…?!
ー…
ようやく目的の駅に着き、電車を降りた二人
「ふー…ようやく出られたな…っておい!」
既にいっぱいいっぱいだった彩葉はその場に倒れ込んでしまった
「彩葉っ!」
慌てて支えたが、彩葉の意識は既に無かった
「…あれ、ここは?」
次に彩葉が目を覚ますと、見慣れない部屋の天井があった
むくっと起き上がった彩葉はソファに寝かされていたらしく、ご丁寧に毛布まで掛けてあった
「…お、やっと起きた。」
「こ、香月くん…?」
「お前、駅に着いた途端ぶっ倒れてさ。びっくりしたよ」
「そ、そうだったんだ…ありがとう」
しばらく無言の時間が続いた頃、翔のケータイが鳴った
『翔、今ちょっといいか。実は…』
電話の相手は氷山だった。
「…!」
何を伝えられたのか彩葉には分からないが、どうやらただ事では無さそうだった
「あぁ…わかった」
カチ、と電話を切り彩葉に向き直る翔
「…この辺の電車って、普段人少ない?」
「う、うん。初めてだよ…あんなに人がいたの」
はぁ…とため息をついて頭を抱える
「…悪い。あれ、俺のせいかも」
「…へ?」
「さっきの氷山からの電話、俺がこっちに転校してきた事が噂でいろんな所に広まってるらしくて。
ファンとかその辺の人達が押し寄せてるらしい」
そういえば…
さっきの車内、若い同年代の女の子たちが多かったような…
「しばらくは、また氷山に迎えに来てもらうことになりそうだが…」
うーん…とまた悩み出す翔
「…ど、どうしたの?」
心配そうな彩葉に視線を移し、気まずそうに言う
「その…お前、多分今日帰れない」
「……え?」
キョトンとする彩葉
「…外、見ない方がいい」
そーっと目だけカーテンの隙間から外を覗くと…
「…え?!」
マンションの外には、大勢の女の子たちがいた
「…どうやってかは知らねーけど、俺の家まで特定したんだろ」
うわぁ…芸能人、って感じだなぁ…
「はぁ…悪い。さっさとどうにかしてでもお前を連れて帰れば良かったな」
「う、ううん!あたしも倒れちゃったのが悪かったし…!」
にしても、どうしよう…
「ちょっと俺、氷山ともう一度電話してくる」
「わ、わかった」
踵を返した翔はまた奥の方へときえていった
と、とりあえず家に電話しなくちゃだよね…
〜♪
何回目かのコールで電話が繋がる
『彩葉か、どうした』
電話の相手はおじいちゃん。
「あ、おじいちゃん?実はね…」
事情を説明すると、いきなり大笑いするおじいちゃん
「お、おじいちゃん…?」
『まるで映画のような出来事だなぁ。一本撮れそうだよ』
「もうっ、おじいちゃんってば!」
数々の映画を手がけてきたおじいちゃん。
人生には驚きが無いとな、といつも笑っていた
『まぁ、それなら仕方ないだろう。
あいつにも伝えておくから、また何かあったら電話してくれ』
あいつっていうのは、おばあちゃんの事
「うん、わかった。それじゃ…」
電話を切ろうとした時、おぉそうだったと切り出す
「ん?」
『その…何、香月くんだったか。
騒動が収まって落ち着いたら、わしの所へ来てくれるよう言ってくれるか』
「どうして?」
ふふっと優しそうに笑う声が電話越しに聞こえた
『彼、なかなか見込みがあってな
…次の映画に、ぜひ出てもらいたいと思っていたんだ』
!
『あぁ、悪いがその時彩葉も一緒に来てくれないか。
わし一人は少し心細いのでな…』
クスッと笑い、わかったと返事をして電話を切った
丁度いいタイミングで翔も戻ってくる
「どうだった?」
「んーしばらくは待機かな…悪いけどお前も」
「そっかぁ」
ぽすっと彩葉の横に座る翔
「何か、泊まりっぽいな」
「…高校生っぽいね」
お互いに顔を見合わせ、クスクスと笑った
ー翌日。
「うっわぁ…まだいるよあいつら」
カーテンからそーっと外を覗いた翔は心底嫌そうな顔をして言葉を漏らす
…ファンって怖い
「…でも幸い、今日から夏休みで良かった。学校だったら大変」
「…まぁ、こうなったもんは仕方ない。
せっかくの夏休みなんだ、楽しもーぜ?」
…次の公演、いつだったかな
タブレット端末を取り出して確認する彩葉
「一ヶ月後かぁ…明日には先生に台本転送しとかなくちゃ」
「また新しい作品作るの?」
ひょいと上から覗き込む翔
「うん、今度は病院でするの。
患者さん達が元気の出るような作品…っていっても、難しいんだよね〜」
元気を出す、というのも色々ある
何か楽しいものをみて元気を出す
考え方の変わるようなものをみて元気を出す
泣くだけ泣いてすっきりして元気を出す
…とかね。
「元気を出す、かぁ…」
「そうだ!こんなのはどうだ?」
カタカタカタカタ…
翔にもらったアイデアから早速台本を作成する彩葉
「お前、ほんとよくそんなに思いつくよな」
「今回のは香月くんがいいアイデアをくれたからよ。上手く行きそうだわ」
作業すること三時間…
「ふぅ…こんなもんかな。どう?」
出来上がったばかりの台本を翔に見せる
「…」
いつになく真剣に、それでかつ丁寧に読み進める
「…ほう」
ほう?
何だかおかしくなって笑ってしまう彩葉
「少し、俺からの意見というか…こうした方がいいんじゃないかっていうのは言った方がいい?」
「もちろん!あるなら言ってほしいわ。
私だって完璧じゃないんだから」
そう言って二人の討論が始まる
「あ、このセリフをこっちに持ってきた方が良くないか」
「そうね…あと、ここは少し間を空けた方がいいかしら」
「そうだなぁ…うん、必要かも」
二人の討論は、夕方まで続いた
「よし、転送…っと」
無事に作業も終わり、先生に台本を転送する
…あれ、なんだか美味しそうな匂いがする
「おつかれさん」
言葉と同時に翔が入ってくる
二つの大きなお皿を持ってきた翔は、彩葉の前にその一つを差し出す
「わぁ…」
少し不格好だったが、美味しそうなオムライスがお皿にのっていた
「俺あんまり自炊とかしないからさ…まぁ、美味しくなかったらごめん」
「全然!…いただきます」
様子を見ていた翔だが、嬉しそうな彩葉を見て安心した
「美味しい!オムライスとか久しぶり!」
「そうなの?」
「うちのおばあちゃん、和食がほとんどだから滅多に作ってくれないんだよね〜」
「…親はいないの?」
「二人とも海外出張!一年中帰ってこないから親代わりはおばあちゃんとおじいちゃんなの」
当たり前のように話す彩葉に寂しそうな翔
「やっぱり、親って勝手なんだな」
あれ、何か思い出させちゃったかな
「…でもね、完全に放置ってわけじゃないんだよ?
私の誕生日にはプレゼント送ってくるし」
へへ、と笑ってはみたものの、やっぱり本音は寂しくて。
「…おじいちゃんもおばあちゃんも優しいから。
私は、寂しくなんかないよ」
嘘。ほんとは寂しい
私を生んですぐ海外に出た二人。
始めはなんて身勝手な親なんだ、って…反抗期の頃は電話がかかってきても出ない時があった
それでもやっぱり親だから。
仲直りして、今では普通に話もする
「…そっか」
俺には分からないや、とつぶやく翔
「…あ。そういえば」
「?」
「さっきね、おじいちゃんに電話したの。
それで、落ち着いたら自分に会いに来てほしいって」
「なんで俺?」
不思議がる翔は次の言葉を聞いて驚愕する
「言ってなかったっけ?
黒崎 仁監督って聞いたことない?私のおじいちゃんなんだけど…」
「……は?」
「“僕らの街で”とか“本当の幸せ”とか…
聞いたことない?」
「いや…ちょ、待て待て待て。
なに、お前のおじいさん黒崎監督なの?」
「うん」
信じられないといった顔で驚く翔
「黒崎監督って…超大物じゃねーか!!
通りでお前も脚本書いたり作品作るの上手いわけだ…」
納得しつつ、いや待てよ?と混乱し始める翔
「おじいちゃん、香月くんに興味あるみたいで。
会いたがってたの」
「お、俺にか…」
嬉しそうに、しかし半分困惑した何とも言えない表情で笑う
「…明日にでも、行ってみる?」
翔の突然の言葉に彩葉はむせる
「…おいおい。
こういうのは気が変わらないうちに行くべきだと思わない?
せっかくのチャンスなら、行くしかないだろ!」
先ほどと打って変わってわくわくした様子の翔
「でも外にまだ沢山人がいるけど…」
「大丈夫!氷山にかけあってみるよ」
そう言って早速氷山に連絡を入れると、氷山もかなり驚いたようで。
『本当はもうしばらく落ち着いてからの方が望ましいが…
あんな名誉監督に目をつけられるだなんて滅多に無いことだろう。
明日、二人を迎えに行こう』
マネージャーさんも話が早い…
「よし、そうなりゃ準備しなくちゃな!」
初めてあんな無邪気な翔を見た彩葉は驚きながらも、快く承諾してくれた彼を嬉しく思った
…最初の頃の演技が大嫌いだった人とは、もう思えない
これから羽ばたくであろう彼を、眩しそうに見つめた
「香月ー!また明日!」
「おう!また明日な!」
クラスにもすっかり馴染んだ翔は高校生活を楽しんでいた
「そういえば彩葉。お前、新入生歓迎会から一気に部員が増えたんだっけ?」
「えぇ、思っていた何倍も反響があって」
「あの作品、面白かったもんな」
「…香月くんは、まだ舞台に立つことが嫌?」
「…前は、嫌で嫌で仕方なかった。
だけど、初日にお前に会って色々知ってからは前ほどじゃなくなったなぁ」
「ほんと?!」
彩葉は目をキラキラと輝かせる
「あ、駅着いたみたい。香月くんも電車なの?」
「いや、普段は仕事があるから氷山が迎えに来るんだけど…
今日はオフだからさ、たまには電車で帰ってみたいなーって」
照れくさそうに頬をかく
「…そっか!」
偶然にも帰り先が同じだったらしく、ホームで電車を待つ二人
何気ない会話をしていると、電車が到着した
「あれ、いつもならこの時間全然人いないはずなのに…」
「え、ほぼ満員じゃね?」
「今日なにかあったっけ…
わたし、電車通学二年目だけどこんなの初めて…」
「…とりあえず行くぞ」
「わっ、待って!」
グイッと翔に手を引かれた彩葉は急いで車内に乗り込む
ドア側にギリギリ入れた二人は既に押しつぶされそうなほど人が多い車内に、ギブアップしそうだった
満員の車内で揺れる度に何度も押される彩葉は身動きがとれない
ふと押しつぶされる感覚が無くなり、随分とラクになった彩葉
「…?」
恐る恐る目を開けると
彩葉を庇うようにして立つ、翔の姿が目の前にあった
「こうげ…」
言いかけた彩葉をしーっと人差し指で制する翔
「…さっきのままじゃ、きついだろ。
着くまでこれで我慢な」
ち、近い…!!
男子とこんな至近距離なんて初めてで戸惑う彩葉
…なんか、いい匂いがする
それが目の前にいる翔の匂いだと気づくまでに、時間はかからなかった
翔は恥ずかしいのか気をつかっているのか顔を上げようとせず、下を向いたままだった
安心して外にチラッと視線を向けた瞬間
ーーガタンッッ!!
「うわっ!」
大きく電車が揺れ、一気に人が押し寄せる
「…っ!」
押された翔の顔が、彩葉の耳元に当たる
「…わりぃ、ちょっと動けそうにない。
着くまで我慢してくれるか」
「っ…!」
息がかかる度、ビクッとなる彩葉
こ、これあと何分続くの…?!
ー…
ようやく目的の駅に着き、電車を降りた二人
「ふー…ようやく出られたな…っておい!」
既にいっぱいいっぱいだった彩葉はその場に倒れ込んでしまった
「彩葉っ!」
慌てて支えたが、彩葉の意識は既に無かった
「…あれ、ここは?」
次に彩葉が目を覚ますと、見慣れない部屋の天井があった
むくっと起き上がった彩葉はソファに寝かされていたらしく、ご丁寧に毛布まで掛けてあった
「…お、やっと起きた。」
「こ、香月くん…?」
「お前、駅に着いた途端ぶっ倒れてさ。びっくりしたよ」
「そ、そうだったんだ…ありがとう」
しばらく無言の時間が続いた頃、翔のケータイが鳴った
『翔、今ちょっといいか。実は…』
電話の相手は氷山だった。
「…!」
何を伝えられたのか彩葉には分からないが、どうやらただ事では無さそうだった
「あぁ…わかった」
カチ、と電話を切り彩葉に向き直る翔
「…この辺の電車って、普段人少ない?」
「う、うん。初めてだよ…あんなに人がいたの」
はぁ…とため息をついて頭を抱える
「…悪い。あれ、俺のせいかも」
「…へ?」
「さっきの氷山からの電話、俺がこっちに転校してきた事が噂でいろんな所に広まってるらしくて。
ファンとかその辺の人達が押し寄せてるらしい」
そういえば…
さっきの車内、若い同年代の女の子たちが多かったような…
「しばらくは、また氷山に迎えに来てもらうことになりそうだが…」
うーん…とまた悩み出す翔
「…ど、どうしたの?」
心配そうな彩葉に視線を移し、気まずそうに言う
「その…お前、多分今日帰れない」
「……え?」
キョトンとする彩葉
「…外、見ない方がいい」
そーっと目だけカーテンの隙間から外を覗くと…
「…え?!」
マンションの外には、大勢の女の子たちがいた
「…どうやってかは知らねーけど、俺の家まで特定したんだろ」
うわぁ…芸能人、って感じだなぁ…
「はぁ…悪い。さっさとどうにかしてでもお前を連れて帰れば良かったな」
「う、ううん!あたしも倒れちゃったのが悪かったし…!」
にしても、どうしよう…
「ちょっと俺、氷山ともう一度電話してくる」
「わ、わかった」
踵を返した翔はまた奥の方へときえていった
と、とりあえず家に電話しなくちゃだよね…
〜♪
何回目かのコールで電話が繋がる
『彩葉か、どうした』
電話の相手はおじいちゃん。
「あ、おじいちゃん?実はね…」
事情を説明すると、いきなり大笑いするおじいちゃん
「お、おじいちゃん…?」
『まるで映画のような出来事だなぁ。一本撮れそうだよ』
「もうっ、おじいちゃんってば!」
数々の映画を手がけてきたおじいちゃん。
人生には驚きが無いとな、といつも笑っていた
『まぁ、それなら仕方ないだろう。
あいつにも伝えておくから、また何かあったら電話してくれ』
あいつっていうのは、おばあちゃんの事
「うん、わかった。それじゃ…」
電話を切ろうとした時、おぉそうだったと切り出す
「ん?」
『その…何、香月くんだったか。
騒動が収まって落ち着いたら、わしの所へ来てくれるよう言ってくれるか』
「どうして?」
ふふっと優しそうに笑う声が電話越しに聞こえた
『彼、なかなか見込みがあってな
…次の映画に、ぜひ出てもらいたいと思っていたんだ』
!
『あぁ、悪いがその時彩葉も一緒に来てくれないか。
わし一人は少し心細いのでな…』
クスッと笑い、わかったと返事をして電話を切った
丁度いいタイミングで翔も戻ってくる
「どうだった?」
「んーしばらくは待機かな…悪いけどお前も」
「そっかぁ」
ぽすっと彩葉の横に座る翔
「何か、泊まりっぽいな」
「…高校生っぽいね」
お互いに顔を見合わせ、クスクスと笑った
ー翌日。
「うっわぁ…まだいるよあいつら」
カーテンからそーっと外を覗いた翔は心底嫌そうな顔をして言葉を漏らす
…ファンって怖い
「…でも幸い、今日から夏休みで良かった。学校だったら大変」
「…まぁ、こうなったもんは仕方ない。
せっかくの夏休みなんだ、楽しもーぜ?」
…次の公演、いつだったかな
タブレット端末を取り出して確認する彩葉
「一ヶ月後かぁ…明日には先生に台本転送しとかなくちゃ」
「また新しい作品作るの?」
ひょいと上から覗き込む翔
「うん、今度は病院でするの。
患者さん達が元気の出るような作品…っていっても、難しいんだよね〜」
元気を出す、というのも色々ある
何か楽しいものをみて元気を出す
考え方の変わるようなものをみて元気を出す
泣くだけ泣いてすっきりして元気を出す
…とかね。
「元気を出す、かぁ…」
「そうだ!こんなのはどうだ?」
カタカタカタカタ…
翔にもらったアイデアから早速台本を作成する彩葉
「お前、ほんとよくそんなに思いつくよな」
「今回のは香月くんがいいアイデアをくれたからよ。上手く行きそうだわ」
作業すること三時間…
「ふぅ…こんなもんかな。どう?」
出来上がったばかりの台本を翔に見せる
「…」
いつになく真剣に、それでかつ丁寧に読み進める
「…ほう」
ほう?
何だかおかしくなって笑ってしまう彩葉
「少し、俺からの意見というか…こうした方がいいんじゃないかっていうのは言った方がいい?」
「もちろん!あるなら言ってほしいわ。
私だって完璧じゃないんだから」
そう言って二人の討論が始まる
「あ、このセリフをこっちに持ってきた方が良くないか」
「そうね…あと、ここは少し間を空けた方がいいかしら」
「そうだなぁ…うん、必要かも」
二人の討論は、夕方まで続いた
「よし、転送…っと」
無事に作業も終わり、先生に台本を転送する
…あれ、なんだか美味しそうな匂いがする
「おつかれさん」
言葉と同時に翔が入ってくる
二つの大きなお皿を持ってきた翔は、彩葉の前にその一つを差し出す
「わぁ…」
少し不格好だったが、美味しそうなオムライスがお皿にのっていた
「俺あんまり自炊とかしないからさ…まぁ、美味しくなかったらごめん」
「全然!…いただきます」
様子を見ていた翔だが、嬉しそうな彩葉を見て安心した
「美味しい!オムライスとか久しぶり!」
「そうなの?」
「うちのおばあちゃん、和食がほとんどだから滅多に作ってくれないんだよね〜」
「…親はいないの?」
「二人とも海外出張!一年中帰ってこないから親代わりはおばあちゃんとおじいちゃんなの」
当たり前のように話す彩葉に寂しそうな翔
「やっぱり、親って勝手なんだな」
あれ、何か思い出させちゃったかな
「…でもね、完全に放置ってわけじゃないんだよ?
私の誕生日にはプレゼント送ってくるし」
へへ、と笑ってはみたものの、やっぱり本音は寂しくて。
「…おじいちゃんもおばあちゃんも優しいから。
私は、寂しくなんかないよ」
嘘。ほんとは寂しい
私を生んですぐ海外に出た二人。
始めはなんて身勝手な親なんだ、って…反抗期の頃は電話がかかってきても出ない時があった
それでもやっぱり親だから。
仲直りして、今では普通に話もする
「…そっか」
俺には分からないや、とつぶやく翔
「…あ。そういえば」
「?」
「さっきね、おじいちゃんに電話したの。
それで、落ち着いたら自分に会いに来てほしいって」
「なんで俺?」
不思議がる翔は次の言葉を聞いて驚愕する
「言ってなかったっけ?
黒崎 仁監督って聞いたことない?私のおじいちゃんなんだけど…」
「……は?」
「“僕らの街で”とか“本当の幸せ”とか…
聞いたことない?」
「いや…ちょ、待て待て待て。
なに、お前のおじいさん黒崎監督なの?」
「うん」
信じられないといった顔で驚く翔
「黒崎監督って…超大物じゃねーか!!
通りでお前も脚本書いたり作品作るの上手いわけだ…」
納得しつつ、いや待てよ?と混乱し始める翔
「おじいちゃん、香月くんに興味あるみたいで。
会いたがってたの」
「お、俺にか…」
嬉しそうに、しかし半分困惑した何とも言えない表情で笑う
「…明日にでも、行ってみる?」
翔の突然の言葉に彩葉はむせる
「…おいおい。
こういうのは気が変わらないうちに行くべきだと思わない?
せっかくのチャンスなら、行くしかないだろ!」
先ほどと打って変わってわくわくした様子の翔
「でも外にまだ沢山人がいるけど…」
「大丈夫!氷山にかけあってみるよ」
そう言って早速氷山に連絡を入れると、氷山もかなり驚いたようで。
『本当はもうしばらく落ち着いてからの方が望ましいが…
あんな名誉監督に目をつけられるだなんて滅多に無いことだろう。
明日、二人を迎えに行こう』
マネージャーさんも話が早い…
「よし、そうなりゃ準備しなくちゃな!」
初めてあんな無邪気な翔を見た彩葉は驚きながらも、快く承諾してくれた彼を嬉しく思った
…最初の頃の演技が大嫌いだった人とは、もう思えない
これから羽ばたくであろう彼を、眩しそうに見つめた