昨日のキミと、今日の私。
誇り

第八話 誇り

「…香月くん!!」

「あ、彩葉。」

病室のドアを勢いよく開けた彩葉は息が切れていた

「うわ、超汗だくじゃん」

「は、走ってきたのよっ」

結局あの後舞台の幕が降りた瞬間、翔はその場で倒れてしまって。

救急車で病院へと緊急搬送された

「いや〜参った参った!
よくあんな状態で舞台に立てたなって医者にも褒められたよ〜」

「っっ、ばかっ!!!!」

呑気に話す翔は腕だけでなく、ほとんど全身に包帯を巻いていた

「どれだけ心配したと思ってるのよ…!
なんで、なんで私なんかを…」

「…」

涙をぽろぽろ零す彩葉は、申し訳なさでいっぱいだった

自分のせいで、大切な人が傷ついてしまった

舞台俳優の要でもある顔と身体に傷を作ってしまった…

そう思えば思うほど申し訳なくて。

翔の顔も、まともに見られなかった

「…あの人、俺の熱烈なファンだったらしくて。
何度かああいう事件を起こしていたらしい
今までは大事にならなかったみたいだけど…」

今回は、なと苦笑いをして彩葉の涙を拭った

翔も今回の件は予想していなかったらしく、氷山さんもノーマークだったらしい

「まぁ…俺たちの注意ミスでもあるし?
彩葉が負い目を感じる必要なんてないじゃん」

「でも…ごめ…ごめんな、さい…」

いくら拭ってもこぼれ落ちる彩葉の涙

「大事な身体を…私のせいで…」

どれだけ悔やんでも時間は戻らなくて。

痛々しい翔が、見ていられなかった


「彩葉」


こっちに来て、と手招きをしてさらに近づく二人

翔はそっと彩葉を抱きしめ、ゆっくりと言葉を紡ぐ

「…俺さ、お前のおかげでこんなに変われたんだよ
もしお前に出会えてなかったら…俺は今も、苦しみながら演技を続けていたんだと思う」

「…っく…ひっく…」

「ほんとなんだぜ?
お前が転校初日、“本当の俺”に気づいてくれて。めちゃくちゃ感謝してる」

翔の優しい言葉が、彩葉の心の中にスーッと入っていく

「…お前のおかげで、今の俺がいるんだ

ありがとな」

優しく彩葉を抱きしめ、その日の夜はふけた


ー次の日。

「……」

彩葉は警察署へと呼び出され、例の彼女と再会した

彼女はガラスの向こうでも、彩葉を睨み続けていた

「……」

「……」

「……」

「あなた、悪いと思ってないの」

しびれを切らした彩葉が切り出すと、顔色を変えずに彼女は言う

「あなたに対して悪いだなんて一ミリも思ってないわ」

平然と言ってのける彼女に、怒りがこみ上げてきた

「私に思わなくていい。
…香月くんに対して、悪気は無いのかって聞いてるの」

「……」

再び黙り込む彼女に、さらに怒りがこみ上げる

「舞台俳優は顔も身体も命なの。
もしあれで香月くんが金輪際、舞台に立てなくなったらどうするの!」

大声でまくし立てた彩葉にびくっとなる彼女

「…まさか翔くんが来るだなんて、思わなかったのよ
…あそこであなたを潰せば、翔くんがまた帰ってくると思っていたのに…」

「…えっ?」

聞けば彼女、翔が前にいた学校のクラスメイトだったらしい。

熱烈な翔のファンの一人で翔の転校後、居場所をずっと探っていたらしい

その間、彩葉という存在に気づいた彼女は彩葉を消そうと考えた

そして彩葉に直接会いに行ったのが、昨日の事だった

「…芸能人って、大変なのね」

ふう、と彩葉がため息をつくと小さく俯く彼女

「…私、向こうで読者モデルしてたの
でも全然咲けなくて。
そんな時、翔くんが励ましてくれたの
それが、とても嬉しかった」

涙声になりながら、彼女は続けた

「あれから頑張って…ようやく自分のラジオ番組までもらえるようになって。
…だけどその時にはもう、翔くんは手の届かないところにいたわ」

会えない寂しさから逆恨みをし、ストレスでうつになった過去も明かした

「…あなたも、大変だったのね」

彩葉は話を聞いて、目に涙を浮かべていた

「…っ!」

彩葉をみた彼女は、涙腺が崩壊したかのように泣き出した

「な、なんであんたが泣いて…」

「あなたの事情も知らずに、悪く思ってごめんなさい
でももう二度と、あんな事しないで」

「…」

「あなたが頑張って積み上げてきたもの、これ以上壊してどうするの」

優しく彼女の手を取る彩葉

「…っ…ごめ、んなさ…」

「…きっと、あなたの事を待ってる人だっているわ
…私も、あなたの事を待ってるから」

「…、っ…」

彼女は言葉を続けられず、その日はここまでの面会となった


「…翔。痛みはどうだ」

その日の夜、氷山が翔の元へとやってきた

「全然へーき。
倒れちゃったからすごい心配されたけど…俺は元気だし」

にかっと笑ってみせるが実際、痛みはかなりのものだった

「…よく頑張ったな」

下を向いていたのでその表情までは上手く見えなかったが…
確かに氷山は、優しい顔をしていた

「…へ?」

突然のことに状況を呑み込めない翔

慌てて気を取り直すかのように咳払いをする氷山

「今回の件、社長もとても褒めていた。
…もちろん、黒崎監督も」

「そ、そっか…」

なんだか照れくさくて、翔は頭をかく

「いっ…」

腕を挙げただけでも、身体中に痛みが走った
「…大人しくしておけ」

窓の外の月を仰ぎ、氷山は窓際に座った

ーコンコン、

「なんだ?もう面会時間は過ぎているはずだが…」

「はーい!」

翔の声でゆっくりと開くドア

そこから顔を覗かせたのは彩葉だった

「彩葉!」

「よ、夜更けにごめんなさい…」

氷山を見ておずおずと病室に入る彩葉

「無理を言って、通してもらったんです」

「と言うことは…何か翔に話でも?」

「は、はい」

「…俺は出ていた方がいいか」

スッと出ようとする氷山を慌てて止める

「あ、いえ!むしろ、氷山さんにも聞いて欲しいことで…!」

「…俺にも?」

「まあ、そこ座りなよ」

翔に促された彩葉は翔のベッド脇にある椅子に座る

そして、先程の彼女との出来事を二人に話した

「…そっか。」

「この件は事務所の方でも会議を開く予定だ。
協力、感謝するよ」

事務所の方へ連絡を入れてくると退室する氷山

「…」

残った二人の間に、沈黙が流れた

「…ねぇ、香月くん」

先に沈黙を破ったのは彩葉だった

「…こういう時にも、ご両親には連絡しないの?」

「…するのが当たり前なのか?
…だとしたら、俺は当てはまらないな」

そう言って無理して苦笑いをする翔

「…い」

「ん?」

「…会いに行ってみない?元気になったら」

「…は?」

予想外の話だった

「え、いや…え?
俺があいつらに会いに行くの?…え?」

混乱する翔を見つめ、さらに続ける

「やっぱりさ…こういう時くらい、甘えるもんだよ、普通
香月くんは、普通がいいんでしょ?」

「ふ、普通はそりゃ…普通…うーん」

こういう時、なんて返せばいいんだろう

どうしていいか分からない翔の元へ、氷山が戻ってくる

「いいんじゃないか?」

話を聞いていたであろう氷山は何事もないようにさらりと笑う

「いやいやいや…なんであんたまで肯定的なんだよ」

呆れたように二人を見るが、二人ともすっかりその気になっているらしく、翔の意見なんて通りそうも無かった

「…一回だけだぞ」

渋々承諾したが、翔の心の内はとても複雑だった

会ったらまず、なんて言おう

身勝手に家を出て行った自分が、今更あの人の所へ帰ってもいいのだろうか

身勝手な俺を、また受け入れてくれるのだろうか…

いやいや。

あんな連中、どうでもいい

どうでも…

……



本当は、家を出て数年も経たないうちに、帰りたかった

だけど、つまらないプライドがまた翔を苦しめた



「…その代わり、条件がある」

「条件?」

彩葉がきょとんとしていると、翔は切り出す

「俺の怪我がちゃんと完治して前みたいに動けるようになって。
…心の整理がついたら、それからにしてくれないか」

十年も会っていない親に会うなんて、翔にとっては一大事だった

「わかった。香月くんのペースでいいよ」

それ以上、彩葉も氷山も何も言わなかった

「リハビリは明日から?」

「おう」

「…頑張ってね」

そう言い残し、彩葉と氷山は病室を出た
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