初めて君を知った日。


だとしたら、倉芝先生は毎日瀬尾君に自分の事を説明しているのかもしれない。
それは、とても辛いことで。
だけど一番辛いのは、きっと瀬尾君だ。

突然、分からない相手に嘘つきだと言われ、お世話になっている人の顔すら思い出せない。
明日は想像できるのに、昨日は分からない。

瀬尾君の気持ちが分かるなんて絶対に言えないけれど、想像しただけで苦しい。
もしかしたら、私は友達だと伝えるたびに瀬尾君は心を痛めているかもしれない。

私はどうすればいいんだろう。本当に。


「高畑さんは、兄弟はいる?」

「私は妹がいるよ。寮生活だから、あまり帰って来ないけど」

「じゃあ、僕らは長男長女だね」

「うん。瀬尾君みたいなお兄さんがいたら、きっと喧嘩もなさそう」

優しさがあって、真面目そうで。
男子と言えば、無邪気を通り越して騒がしい事が多いし、下品な事も平気で言ってしまう印象が強かった。

偏見なんだけど、そんなところがどうしても苦手だった。

一方瀬尾君は大人しい上に言葉遣いが丁寧で、逆に緊張してしまいそう。
それに、嘘をつくのは得意じゃないみたい。


「喧嘩はよくしていたよ。それもどっちの方が50m走で足が速かったとか、身長が零点何㎝勝ってるとか、そんなくだらない事ばっかりだった」

過去を思い出す言い方に、ますます分からなくなる。
瀬尾君って、意外と負けず嫌いなのかな。

「どっちが足速いの?」

「……どうだったかな、確か僕の方が速くて弟が″絶対超えてやる″って言ってきたかも」

「ふ、なにそれ。瀬尾君、足速いんだね」

「小学生の頃からサッカーやってたから、持久力と速筋は少し自信あったんだ。今は、どうして辞めたのかも分からないけど」

「…………瀬尾君の通ってた小学校ってどこだった?」

「翠上小だよ。中学は矢木中」

「————え?」


瀬尾君の一言で、私は一瞬耳を疑った。
中学は、矢木中学校……?
普通、こんな驚き方はしなかったと思う。

例外もしかり。

だって、それって私の通っていた中学校だから。
いや、きっと名前が同じだけで別の地区とか。
でも……翠上小と矢木中は市内の学校だ。

嘘でしょ……?


「中学、矢木中だったの?」

「うん。あんまり覚えてないんだけど」


私はどうして、瀬尾君を知らないんだろう。
縁があったのなら、知っていたはず。

とは言え中学の時から男子には興味がなかったし、知らなくても当然かもしれない。


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