初めて君を知った日。
小さい頃、こういう話を聞いたことがある。
まだ小学生の子供が事故に遭い、奇跡的に一命を取り留めた。
数カ所の骨折と打撲で命には別状がなかった。
でも、その子は家族や友達、学校の先生の事が分からなかった。
いわゆる記憶喪失というもので。
何度も両親が泣いている映像が、小学生の私の脳内でぐるぐる回っていた。
今なら、少しだけ分かる気がする。
「瀬尾君が気になるの? 可奈」
「え?」
校庭から図書室を眺めていたら、美友がニヤニヤしながらこちらを見てきた。
熱くなる頬にブンブンとかぶりを振る。
「ち、違うから! そういうのじゃなくて、色々あったのっ」
「ムキになるなって〜。でも、どうだろうね、記憶障害がどこまでひどいのか分からないし、分かったら分かったでどう接したらいいか」
「そう……だよね」
「でもびっくり。可奈、男子には全然興味なかったのに」
「だから、そういうのじゃないから」
気にしなくたって、勝手に出てくるんだ。
瀬尾君の顔とか、声とか、同情ではなく、もっと重い何か。
「明日また会ってみれば? 個別指導室にいつもいるらしいし」
「個別指導室? そ、そんな場所あるの?」
「可奈ってば無知すぎー。倉芝っちゃんが担当らしいから明日行ってみなよ」
倉芝っちゃん。私達1年B組の担任であり、女子に人気者の先生。
ノリがいいとか優しいとか、色々良い噂を聞く先生で悪い気はしない。
明日、寄ってみようかな……
迷惑じゃなきゃ良いけど。
そうして気がつけば、私の頭の中にずっと存在している瀬尾君。
だけど好きかと聞かれても分からない。
だって、まだ出会って数日程度で彼の何が分かるの。
とても晴れている朝、校門をくぐった私はこっそりと個別指導室の前までやってきた。
……いや、いやいやちょっと待って。
これって、ストーカーみたい?
違う! 私はただ、瀬尾君に謝りたくて……
「高畑さん? おはよう」
呼ばれた声に驚いてビクッと肩が揺れると同時に、顔から汗が流れる。
だけど声の主は、倉芝先生だった。
さらさらの茶髪に整った顔立ち。そりゃあ女子に人気なわけだ……
ホッとしたようなしないような。
「おはようございます……」
「何か用事か?」
「あっ、いや、その……瀬尾、君て」
「瀬尾君? 瀬尾なら中にいるけど、大丈夫か?」
大丈夫、て何が?
そう言いたくなるのも、きっと仕方ないのかもしれないけれど。
私は内心、期待している所もあった。
「大丈夫です」
「そっか。じゃあ先生は職員室寄ってくるから」
私に気を遣ってくれたのか、先生は笑顔で私の頭をぽんぽん撫でて職員室へ向かった。
すぅ、と息を吸って吐く。
今までで、一番緊張している。不思議。
もう一度息を吐きトントン、とドアを叩いてゆっくり開けた。