甘い罠には気をつけて❤︎ 俺様詐欺師と危険な恋
そう言いながら、彼はベランダからガラス戸一枚を隔てたバーカウンター
のある部屋へと視線をうつした。
つられてフィーネもそちらを見る。
暗いベランダからは、明るい室内がよく見えた。
赤い顔のゴードン氏がカウンターに寄りかかりながら、従兄弟と友人の
男性相手に何か言って笑っている。
会計士のバーロウ氏の姿は見えず、部屋のすみに置かれた背の高い観葉植物
の陰に、紫色のドレスの貴婦人と、ミルズ男爵が向かい合っているのが
見えた。
見ているこちらがどきっとするくらい、二人の距離は近い。
紫色のドレスの女性は、ゴードン氏からは見えない方の手を親しげに
ミルズ男爵の腕にそわせ、艶やかに笑っているが、男爵はベランダに
背を向けていて、その表情はわからない。
「親に言われるまま結婚をした。だが、あなたはまだ男爵には心を
開いていない。
それに、あなたのような人には男爵は荷が重すぎるでしょう。
彼はきっと、どこでも女性の視線をあつめてしまうから」
エルストン卿の言葉はフィーネの胸を刺した。
それは、フィーネをその気のさせるための言葉だったが、フィーネは自分が
ミルズ男爵......ユアンにふさわしくないと言われたような気がした。
あたりまえじゃない。
私は本当のミルズ男爵夫人なんかじゃない。
嘘の男爵夫人をうまく演じることもできない。
当たり前のはずなのに、なぜこんなに胸が痛いの?
ユアンのタイに、自分と同じ色の貴石を見たときの湧き立つような喜びは
もう跡形もなく消えてしまった。
魔法は完全にとけたのだ。