甘い罠には気をつけて❤︎ 俺様詐欺師と危険な恋 

 そう言いながら、彼はベランダからガラス戸一枚を隔てたバーカウンター
 のある部屋へと視線をうつした。

 つられてフィーネもそちらを見る。

 暗いベランダからは、明るい室内がよく見えた。

 赤い顔のゴードン氏がカウンターに寄りかかりながら、従兄弟と友人の
 男性相手に何か言って笑っている。

 会計士のバーロウ氏の姿は見えず、部屋のすみに置かれた背の高い観葉植物
 の陰に、紫色のドレスの貴婦人と、ミルズ男爵が向かい合っているのが
 見えた。

 見ているこちらがどきっとするくらい、二人の距離は近い。

 紫色のドレスの女性は、ゴードン氏からは見えない方の手を親しげに
 ミルズ男爵の腕にそわせ、艶やかに笑っているが、男爵はベランダに
 背を向けていて、その表情はわからない。



   「親に言われるまま結婚をした。だが、あなたはまだ男爵には心を
    開いていない。
    それに、あなたのような人には男爵は荷が重すぎるでしょう。
    彼はきっと、どこでも女性の視線をあつめてしまうから」



 エルストン卿の言葉はフィーネの胸を刺した。

 それは、フィーネをその気のさせるための言葉だったが、フィーネは自分が
 ミルズ男爵......ユアンにふさわしくないと言われたような気がした。

 あたりまえじゃない。

 私は本当のミルズ男爵夫人なんかじゃない。

 嘘の男爵夫人をうまく演じることもできない。

 当たり前のはずなのに、なぜこんなに胸が痛いの?

 ユアンのタイに、自分と同じ色の貴石を見たときの湧き立つような喜びは
 もう跡形もなく消えてしまった。

 魔法は完全にとけたのだ。
 

 
 
< 114 / 211 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop