甘い罠には気をつけて❤︎ 俺様詐欺師と危険な恋
娼館の浴場には熱い湧き湯がひかれていて、一日中好きな時に
入れること。
朝食と昼食は、一階の食堂で食べることができるけど、夜は酒場
になって、酔っ払いに目をつけられることがあるから、部屋で
食べたほうがいいこと。
最初の日に、ユアンに抱きついていたバーバラという人が娼館の主人で
館には五人の娼婦がいること、などなど......。
仕事の合間にマリーは色々なことをフィーネに教えてくれた。
マリーの他にもう一人、客室を掃除する中年の女が通いでやってくるが
仕事は多く、特に一日なにもすることがないフィーネは、マリーの
仕事を手伝うようになった。
掃除も洗濯も、食事の準備を手伝ったりすることも、フィーネにとっては
なんでもないこと。
フィーネは男爵令嬢だったけど、それほど裕福ではなかったし、父も領主とは
いえ領民とともに働くことを厭わない人だったから、手が足りなければ自然と
なんでもやったから。
今もフィーネは食堂の石床をブラシでゴシゴシと擦っている。
お姉さんたちのお下がりのドレスは下を向けばフィーネの小さい胸でも
こぼれ出そうで、掃除には不向きだが、マリーから借りたショールを
しっかりと結ぶことでなんとかし、髪はアイビーグリーンのリボンで
一つに結んでいる。
朝、髪をとかしリボンを見ると、フィーネはなんとも変な気持になる。
甘酸っぱいような、苦いような、訳のわからないものを飲み込んだ気分。
リボンを髪に結ぶことを躊躇うけれど、長い髪を下ろしっぱなしに
しておく訳にはいかないから、毎日自分に言い聞かせる。
「仕方ないのよ、他に髪をまとめるものが何もないんだから」
口をへの字に曲げてリボンを結ぶが、アイビーグリーンのリボンは
フィーネの明るいブラウンの髪と、光によって濃さが変わる淡いグリーン
の瞳によくあっていて、満足な気持になるのも確かなのだった。
ユアンにはあれから一度も逢っていない。
マリーを寄越してくれたことに感謝はしているけれど、逢いたくないと
フィーネは思う。
嘘で塗り固めたあの顔を見ないほうが、心は平穏でいられる。
もっとも今の顔は本物なのかもしれないけど。