甘い罠には気をつけて❤︎ 俺様詐欺師と危険な恋 

   「フィーネさん、無理しないでくださいね、私の仕事
    ですから」



 マリーは自分の仕事を手伝わせるのを申し訳なく思っているようで
 いつもそう言って、フィーネを気遣ってくれる。

 やさしくて、素直で、マリーはとてもいい娘だ。


   「いいのよ、どうせ暇なんだもの」


 そう答え、ブラシを動かしながらフィーネは考える。

 ユアンに放っておかれることは構わないけれど、いつまでこうして
 いればいいんだろう。

 ”僕と一緒にいてもらう” とユアンは言ったけど、犯罪者のそばにずっと
 いられるわけがない。

 逃げ出すことを考えなきゃ。

 監禁されているわけではないし、逃げ出すチャンスはあるように思われた。

 娼館のあるここは、ジャブロウという町のはずれらしい。
  
 ジャブロウという町の名前は聞いたことがなく、それがボルドール伯爵邸
 のあったサミュワーからどれくらい離れているのか、マリーに尋ねてみたが
 マリーはわからないと言った。


   「フィーネさんの生まれ故郷は遠いんですね。
    私はこの近くのムンドっていう村が故郷なんです」


 サミュワーがフィーネの生まれたところだと勘違いしたマリーが
 床磨きの手を休めると、フィーネを見てにっこりと笑いかけた。


   「貧しい小さな村だけど、ブルーベルの花が群生する丘があって、
    そりゃあ綺麗なんですよ。
    青紫色がずーっとずーっと広がって、風が吹くとさぁーっと
    一斉に揺れて。

    春になると、いつも、もう一度見たいなぁって思うんですけど」

   「里帰りとかしないの?」

   「私は売られてここにきたから、駄目なんです」
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