甘い罠には気をつけて❤︎ 俺様詐欺師と危険な恋 
(4) えっ 劇作家?

 昼間の娼館は、のどかなものだ。

 前の晩遅くまで客の相手をして、日が高く登ってからしか起きてこない
 娼婦たちの賑やかなおしゃべりも、のんびりとした時間の中に溶けていく。

 しかし、夜になりゆっくりと目覚めた娼館は、やたらと反射する安っぽい
 偽物の宝石のようにきらきらと輝いて客を誘う。

 一晩の快楽を求めていろんな客がやってきて、酒を飲み、好みの女を選び、
 部屋に連れ込んで抱く。

 夜が更けていくとともに、酒に、女に、この場の空気に酔っていく客たちは
 陽気さを通り越して騒々しいだけだ。

 下品な冗談がとびかい、女たちは甘えた嬌声をあげる。

 フィーネにとっては、まったく馴染みのない世界。

 そしておそらくこれからも、馴染むことなどできそうにない世界。


 マリーに忠告されて、夜になると酒場になる食堂には近づかないように
 していたけれど、最初の頃は勝手がわからず、ちょっと廊下に出れば
 娼婦の一人が太もももあらわに、男のキスを受け入れているところに
 出くわして、フィーネは慌てて自分の部屋に逃げ帰ったりした。

 だから今では、フィーネは夜はひたすら部屋に籠ることにしている。

 扉を一つ隔てた向こうはフィーネにとっては魔界も同然。

 絶対に足を踏み入れてはいけない。

 フィーネの部屋は二階の一番奥だけど、並びの客室の一つだから
 時々酔っ払いの乱れた足音が部屋の前を通り過ぎ、その度にフィーネは、
 戸口からは一番遠いベッドの端で身をすくませた。

 部屋に入ってくような事はないと思うけれど、もし、そうなったら
 どうしよう......。

 ドアに鍵は付いているが壊れて役に立たず、頼んでも、誰かが
 直しに来てくれることはない。

 酔っ払いの大声に怯え、娼婦たちの甘えてねだるような声に耳を
 塞ぐ。

 そのうちにいつの間にか眠ってしまい、朝になる、そんな夜を幾晩か
 すごして何日かたったある夜。

 その晩もいつもと変わりはないはずだった。
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