甘い罠には気をつけて❤︎ 俺様詐欺師と危険な恋 

 少々違っているといえば、西へ向かう商人の一行が泊まっていて
 いつもに増して騒がしく、客室もほぼ全部埋まって、フィーネの部屋の
 前を通り過ぎる足音はいつもより多い。

 それに誰かが弾いているのだろう、バイオリンの音が聞こえてきて
 それにあわせて、ステップを踏む音も聞こえてくる。

 バイオリンの音色なんて久しぶりだが、バイオリン自体が悪いのか、
 弾き手が下手くそなのか、調子はずれの音が時々混じって曲が乱れる。

 こんなところで、完璧な演奏を望む方が間違っているけれど、舞踏会の
 夜を彩るオーケストラの響きを、フィーネは懐かしく思った。

 まだそんなに日がたっていないのに、酷く懐かしく感じるのは、今自分が
 置かれている場所のせいだろうか。

 靴を脱ぎ、ベッドに上がり、膝を抱え込んだフィーネがため息をついたとき
 乱れた足音がしたと思ったら、ドアの向こうから言い争う声が
 聞こえてきた。


   
   「いたっ、ちょっとなにすんのよ!」

   「なぁ、いいだろ」

   「駄目だよ、他のお客に呼ばれてんだから、今晩は客が多いんだ
    おとなしく待ってるか、諦めて帰るんだね」

   「今すぐしてぇんだ、我慢なんかできるか!」

   「知らないよ そんなこと。自分でなんとかしな」

   「なんだとぉ」

   「ちょっと!」


 
 どうやら娼婦の一人と客の男が言い争っているらしく、
 もみ合う音がする。

 いつものように息をひそめていれば、行き過ぎてくれると思ったのに
 あろうことか、バン!と部屋のドアがあいた。

 酔っているのか赤い顔をした男が、黒い巻き毛の娼婦の腕をつかんで部屋の中に
 連れ込もうとしているが、男は、部屋の中にいるフィーネに気づき、突然動きをとめた。

   
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