甘い罠には気をつけて❤︎ 俺様詐欺師と危険な恋 
 
 馬車の窓からは工房の入り口にたったアルンがいつまでも手を振っている
 のが、見えた。
 
 薬を届けれたことは良かったが、あの工房の置かれた状況に胸が痛み、
 小さくなっていくアルンの姿を見送って、馬車の中に視線をもどした
 フィーネは重い溜息をもらした。

 薬を飲んで、アルンの母親の身体が少しは良くなったとしても、厳しい
 契約に縛られて働かされていれば、またすぐに身体を壊してしまうだろう。

 _ _薬を飲んでも気休めにしかならない_ _

 
 ユアンの言葉が思い出された。


 しかし、ユアンはなぜ急に、工房に行くと言いだしたのだろう。

 ずいぶんと長い間、まとめ役のキップルさんと話していた。

 馬車の外に目をむけているユアンは、なにか考え事をしているように見える。

 尋ねたいことはいろいろあるが、またいつかのように冷たい視線を
 むけられたらと思うと、気安く声をかけられなくて、フィーネが目線を足元に
 落としたときガタンと馬車が止まった。

 まだ娼館につくには早いけど、と思い、顔をあげたフィーネが外をみると
 そこはあまり人通りのない裏路地の、紳士物の衣料店の前だった。






 ユアンに連れられて中にはいれば沢山の生地が乱雑に積み上げられていて
 貴族などの上流の紳士を顧客とする店ではないようにみえた。

 下流の貴族、またはちょっとお金に余裕のできた商人などのオーダーメイド
 を扱う店なのだろう。

 しばらくすると、丸い身体に鉢切れそうにベストを着込んで、首に
 テープメジャーをかけた店の主人らしい男があらわれて、ユアンにむかって
 丁寧にお辞儀をした。

 ユアンが何事か耳打ちすると、店主は心得たというように頷き、店の奥の一角
 に下げられているカーテンをさっと開く。



   「どうぞこちらへ」



 そう、店の主人が呼びかけたのは、フィーネにだ。

 フィーネは戸惑う。

 だってそこは、どうみても採寸を行う場所、
 そしてここは、紳士物を扱う店。


   「私?」


 怪訝そうに首をかしげるフィーネの肩を、うしろからがっちりとユアンが
 掴み、そして、そのままフィーネの身体をぐいぐいと押し、店主が待っている
 ところへ足をすすめさせようとする。




 


   

 
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