甘い罠には気をつけて❤︎ 俺様詐欺師と危険な恋
(8) ミルズ男爵という男
どうして短時間のうちに髪の色や長さ、瞳の色を変え、それに顎髭まで
はやしているのかという疑問をフィーネが問う間を与えず、馬車に乗り
こんだユアンは、フィーネに向かって長い説明を始めた。
「これから行く先は、ゴードン商会のオフィス、そして僕は
ユアンじゃない、ダーシー=ミルズ男爵だ。
ダーシー=ミルズ男爵は、長い間エイヴォン王国の植民地の一つ
バウラウ島で、繊維業を営んでいた。
だが、急な兄の死で急遽本国に戻り、ミルズ男爵家を継ぐ。
だから、本国で新しく始めれる事業をさがしている。
そして、ゴードン商会が扱っているめずらしい布地に目をつけた。
男爵家の財産を投資にまわし、ゴードンに手を組もうともちかけ
ようとしている。」
「ゴードン商会の布地って、テグサ工房の?」
「その通り。しかし投資の話は嘘。本当の目的はゴードンがテグサ
工房のキップル氏と交わした契約書を手にいれること」
「嘘......」
「もちろん、本当に手を組むわけがないじゃないか」
つまり詐欺を働くということだ。
身分を偽って。
「じゃあ、私はなんなの?」
フィーネの質問にユアンは心底楽しそうな顔をする。
「君は、サラ=ミルズ男爵夫人。僕の妻だ」
「は?」
「もっとも結婚してまだ日も浅い。それにミルズ男爵はずっと海外に
いたから結婚前も二人はあまり逢っていない。
お互いのことはまだよく知らないし、君は人見知りがはげしい。
だから、僕のそばにいるだけでいい。
なにも話さなくていい。」
「だったら、いなくてもいいじゃない!」
「夫婦だということで、相手の信用も増す」
そういうものなの?......。
納得はしていないが、とにかく黙ったフィーネに、ユアンはにっと
口角をあげる。
そうしてレースの付いた小さな飾り帽子をとりだして、さっとフィーネ
のほうへ身を乗り出すから、突然近づいた距離にフィーネの心臓が
微かにはねた。
「これで完璧だ。 レースで君の顔は相手からは見えない、
安心してただ貴婦人らしく振舞えばいい」
そう言ってユアンは手を差しだす。
いつの間にか馬車は止まっていて、フィーネはユアンに手を
ひかれるままに、ゆっくりと馬車をおりた。