甘い罠には気をつけて❤︎ 俺様詐欺師と危険な恋 

 それから客間をでて、ゴードン商会の前に待たせていた馬車に
 乗るまで、手は繋がれたままだった。

 さりげなくフィーネが手を離そうとすると、離さないというように
 きゅっと力をこめて握りかえされ、そしてその度に、ユアンがやさしく
 微笑みながらこちらを見るので、フィーネは落ち着かない気持ちになった。





 帰りの馬車に乗りこんだユアンがふーっと息をはきながら背もたれに
 深くもたれる。



   「新婚で浮かれて調子に乗った若造だと、ゴードン氏が思ってくれ
    れば、こっちのもんだな」


 そう言いながら目を閉じたユアンにフィーネが ”あのね” と声を
 かけると、ユアンは目を閉じたまま、フィーネの言葉を遮るように
 片手を上げた。



   「ちょっと疲れた、帰ったら聞くよ」



 それだけ言って、彼は寝入ってしまったようだ。

 目の前の無防備な姿を眺め、フィーネはなんと言えない気持ちになる。

 短いブラウンの髪、顎の髭、眠っていてもすっと背筋を伸ばして座る姿
 は洗練された貴族のものだが、目の前にいるのはユアンだ。

 ミルズ男爵になった彼はフィーネにやさしい、というか、フィーネを愛して
 いるかのように振る舞う。

 これ以上はないほどの愛しさのこもった目でフィーネを見つめ、やさしく
 フィーネに触れる。

 そして、そうされる度、フィーネは平静ではいられなくなった。

 胸がどきどきし、そして、苦しくなる。

 ...... これじゃぁ、ブランドン伯爵の時と同じじゃないの.....

 あの時とは違う。

 ユアンの正体も知っている。
 
 すべて嘘だと最初からわかっている。

 本当にフィーネを愛しているわけではないということも。



 なのに...... どうして...... こんなに胸がどきどきするの......。



 冷静でいられなくなる自分が怖かった。

 危険で、取りかえしのつかないものが先にあると知らせる声を
 かき消してしまうほどの感情にフィーネは怯えた。
 

 
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