夢みるHappy marriage
「……俺がイトウフーズに肩入れしているのは、会社立ち上げ当初、恵比寿のオッティモに通っていたことがあって、それで恩返しにって思ってるだけだ」
「恩返しって?」
「実はあの婚活のプロフィールで一つだけ嘘をついている。本当は大学中退してるんだ」
大学中退という事実に驚いた様子の桜井。それに構わず続けた。
「夏休み中、興味本位で会社の雑用をやるようなバイトを始めた。そしたら少しずつ仕事を任されるようになっていって、気付いたらプロジェクトリーダーまでやらされて、バイトなのに社員を管理するような立場になってた」
「そんなことあるの?」
「その会社はIT関係のベンチャー企業で、完全に実力主義な会社だった。ろくな教育や指導もなく、仕事のできない奴は容赦なく辞めさせるっていう方針で、ついに自分と一緒に仕事していた人達が辞めさせられそうになったことがあって、その人達の職を失くさせる訳にはいかないってそれで今の会社を立ち上げたんだ」
「せっかく良い大学入ったのに、もったいない。大学に入るまで人一倍努力してるのに、誰かのために大学辞めるなんてどうかしてる」
「そうだな、今となっては成功したから良かったって言えるけど。でも、最初はコンサルなんてなかなか信用されないし、顧客はつかないしで資金繰りでも色々悩んだ。でも俺に人生預けてくれた人達の為にも、絶対成功しなきゃならなかったから無我夢中で頑張ってさ。その時に、よくオッティモに通ってて色々思い出深いっていうのもあって、それで今回の案件を引き受けたんだ」
「……私を選んだのは?」
恐る恐る聞いてきた桜井に、時間を置いて答えた。
「……お前を選んだのは、本当にやりやすいと思っただけだ。だけど、今回のこともあるし、ストレスになってるなら降りてもらっても構わない」
しばらくの沈黙の後、顔を窓の方へ向けたまま言った。
「どうせ派遣切られる予定だから、それまでやり切りますよ」
即答で、うんって言われるかと思ったら拍子抜けするまさかの答え。思わず桜井の方を見やる。
「今日のことは本当に大丈夫なんで心配しないでください。ただ男の人が怒ってるのが苦手ってなだけなんで」
「トラウマでもあるのか?」
「まぁ、そんな感じです」