夢みるHappy marriage
気を取り直して、ボルドーの絨毯が敷き詰められたフロアを速足で歩く。
奇遇にも、イトウフーズの野村を見かけた。すると片桐が分かりやすく顔をひきつらせる。
「げー、野村じゃん」
「げーって、言うなよ。あいつも、一応クライアント先の奴なんだからな」
「分かってるけどあいつには敵意しかないんだよね。ちーちゃんの彼氏だしさ」
「お前のそれ、どこまで本気な訳?」
そう、この謎のちーちゃん推し。関連図を更にややこしくする人物の登場だ。
気に入ったのかイトウフーズで彼女を見つけては毎回ちょっかいを出している。理由を聞いたら、構わずにはいられない存在なんだそうだ。
「あの子さ、結構お前のこと気にしてると思うんだけど。お前がちょっかい出すようになってから、スカートとか穿くようになって化粧もするようになったし」
「え?俺のせいだと思う?」
嬉しそうに言う片桐に釘を刺す。
「どこまで本気なのか分からないけど、一応相手には彼氏いる訳だし、これ以上ちょっかい出すなよ。変にその気にさせて責任取れないだろ?」
人が真面目な話をしているのに、奴はいつの間にか隣からいなくなっていて、さっき通り過ぎたジュエリーショップのショーウインドウに張り付いていた。
「これ、ちーちゃんに似合いそう」
そう言って、嬉しそうにネックレスを指さす。
「買うなよ」
あーあ、とこいつの節操のなさにはもう呆れるしかない。
片桐の好みはころころ変わるが、今回のちーちゃんみたいな素朴な子は初めてだった。
それもどこまで本気なのか怪しいものだが。
いずれにしても、そろそろ、もっと近くにいる奴に目を向けてやらないと、やがて職場を巻き込んで爆発しそうで会社の責任者としては本当気が気じゃない。
が、当の本人は、あいつの気持ちに気付いているのかいないのやら、のらりくらり躱してこの現状。
詰め寄ったところで、こいつが言いそうな言い分も分かっている。同じ職場の奴にはめんどくさいから手出ししたくない、とでも言うだろう。
それならそれではっきり振ってくれ、と思うのだが。
片桐への好意も直接本人に聞いた訳じゃなく確固たるものじゃないから、何とも動きようがない。
そこで、いきなりの謎のちーちゃん推しだもんな。
うちの会社の主柱といっても言いその二人がモメたりでもしたら……。
考えただけでも胃が痛くなる。そんな俺の懸念にも気付かず、、未だ買うか買わないか悩んでいる目の前の呑気な奴を引きずってその場から離れた。