夢みるHappy marriage
「もういい、分かった。でもその前に、他に清算しなきゃいけない相手がいるだろ」
「え?別にいないけど」
「よく思い出せ、微塵たりともそんな相手はいないか」
「いないけど。え?まさか、さっきの受付の子のこと言ってる?」
あはは、ないない、と笑う片桐。
分かってるよ、そんなことは。
少しでもあいつの気持ちを察してくれているかと思った俺がバカだったんだろうか。
もう、あの子には適当に良い男をあてがって、こいつを諦めさせてやった方がまだ傷も浅くて済む。
可哀想に、なんでこんな奴に惹かれたんだか知らないけど、いつまでもこいつに時間を割いていては惜しいもの。
問題なのは、ちーちゃんの方かもしれない。
今まで慎ましく、清く正しく生きてきた、幼気な子がこんな奴のターゲットにされてしまうなんて。
そんなことがあった数日後、イトウフーズとのミーティング前、俺と片桐、奥森の前で野村が資料の準備をしていた。そんな中、片桐が彼へ話しかける。
「そういえば、この間メッドタウンで見かけましたけど買い物ですか?」
「あぁ、いえ彼女の誕生日が近いんでプレゼントを買おうと思って。ワインが好きなんですよね、今試飲会やってるじゃないですか」
「へぇ意外、千聡ちゃんてワイン飲めるんですね」
「え?千聡?」
「あれ?付き合ってんですよね?」
「あはは、あんなのと付き合ってる訳ないじゃないですか、恥ずかしい。たまに相手してやってるだけですよ、基本俺の言いなりだから何でも言うこと聞くし」
嘲笑いながら言った野村に、一瞬場の空気が凍る。
……あぁ、やばい。
隣の怖い位静かな片桐に嫌な予感しかしなかったが、その怒りはすぐさま目の前の野村に向けられた。
「……そんなやっすいスーツ着て、何が恥ずかしいって?お前何様になったつもりだよ?」
立ち上がり、目の前の野村の胸元をぐいっと掴む。今にも殴りかかりそうな状況に、俺も慌てて立ち上がり片桐を
制す。
「こら、バカ……っ」
「お前にちーちゃんはもったいない」
そう吐き捨て部屋から出て行った。
隣に座っていた奥森は、困惑した表情で固唾を飲んでこのありさまを見守っていた。
普段、飄々としている片桐が、女の子のことでここまで怒っていることにショックを受けているようでもあった。
そんな彼女を部屋へ一人残し、片桐のあとを追う。