エイプリルフールの夜に
「温まった?」
「うん…」
「心、なんでこっち見ないの?」

なんて恥ずかしさが抜けていないのを分かっていながらあえて言ってみる。

「だって…」

そう言ってちらりと一瞬おれに視線を向けるもすぐ目の前に視線を戻す。

「だって?」
「…明るいところで…見られたから…」

あー可愛すぎて死にそう。
なんなのこの生き物。
まじでたまんねぇ。

自分で言わせておきながらノックアウトさせられ、くっと堪えるように一瞬視線を逸らした。

「心の恥ずかしがりなところ、可愛いすぎる」
「…っ」

素直に口にすると心は上気した頬をさらに赤くして首に巻いたタオルで口元を隠した。
そこで心の髪が濡れたままなのを思いだし、そっと頭に手を伸ばす。

「髪、乾かしていい?」
「うん…ありがと」

心はリビングに入るときに持っていたドライヤーをおれに手渡した。
床に座っていたのをソファに移動し、ドライヤーのスイッチを入れて脚の間にある心の髪に触れた。

心の髪を乾かすのも仲直りの定番となっていた。
いつもは心は脱衣場で髪を乾かしてからリビングにくる。
律儀にいつもの流れを守る心が愛しくて口元が緩んだ。

ようやく肩に付く程の長さの髪。
心は今までずっとショートだったのだが、おれと付き合うようになってから伸ばすようになった。

自分が女の子らしくないとコンプレックスを抱いている彼女は髪もずっとショートなら私服はパンツしか履かなかった。
身長も169cmと女性にしては高く、それもコンプレックスの一つだったらしい。

おれにしてみればそんなのを気にしているところも含めて可愛くて可愛くて仕方ない女の子だ。

心に自信を持って欲しい一方、その魅力が分かるのはおれだけでいいなんて独占欲とせめぎ合う。

おれだけしか知らない彼女。

心の髪を乾かしたことがあるのはおれだけだ。
その唇に触れたのも、もちろん誰にも見せたことのない身体のすべてを知っているのもおれ一人。

髪を乾かしながら優越感とともに今すぐ抱きたい衝動が込み上げてきた。

今日は金曜日。
夫婦の大事なコミュニケーションにはうってつけだった。

カレンダーを目にして気付いた。
今日は3月の最終日。

そしてもうすぐ時計の針は夜中の12時を回ろうとしていた。

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