私、古書店の雇われ主人です。
栞がいざなう想い出食堂
きっかけは一葉(いちよう)――一片の栞だった。いや、栞というか実際は……。

「これ、食券ですよね?」
「どう見ても食券だね」

航君と羽鳥さんが不思議そうに首を傾げる。

二人に見せたのは、買い取りした本に挟まっていた一枚の食券だった。

「ときどきあるんです。ページの間に関係ないものが挟まっていること。栞のかわりだったのかなって思うんですけど」

買い取り希望で来られたお客さんには、私物が挟まっていないかをあらかじめ確認してもらっている。それでも見落としはある。

それに、祖父はそういったことにわりと無頓着だったようで……。大昔に買い取った本からは「何じゃこりゃ!?」という珍品が思いがけず出てくることが時々あった。

「カンナさんが遭遇したもので一番驚いたのって何ですか? あ、へそくりとか?」

航君は興味津々だ。

「へそくりはそれほど驚かないかな。だって、本に挟んで隠すなんて定番じゃない?」

「じゃあ何なんですか?」

「そうだなぁ……離婚届とか?」

「「離婚届!?」」

目を丸くして驚く二人のおもしろいこと。私はふふふと笑って話をつづけた。

「ハンコも押してあってね。後はもう出すだけってやつだったの」

「カンナさん、まさか……!?」

「フッ……」

「ええっ!」

「んなわけないでしょ。っていうか、航君は私のことをどんな人間だと思ってるわけ?」

わざと拗ねた調子で言うと、羽鳥さんがしれっと答える。

「真面目で仕事熱心で、ちょっとおせっかいなお姉さんだよね」

「もう、羽鳥さんまでっ」

「ごめんごめん。そうそう、僕は古本を買ったらハサミの入った切符が挟まっていたことがあったよ」

「それ、私もあります。自動改札のない無人駅なら、切符を渡さず出られちゃいますもんね。今はICカードも普及してるし、切符を買って乗る人自体が少なそうですけど」

「改札で切符を切ってもらうとか、おれは絵本でしか見たことないかも」

「「ええーっ」」

今度は羽鳥さんと一緒に私が驚く番だった。

そりゃあ私だって子どもの頃から自動改札があったけど。やっぱり航君の感覚とは少し違う。

「ザ・ギャップ。およそ十年の差って大きいんだね……」

「航君、電車で日本一周でもしてきたまえ」

「二人とも何言ってんですか……。それより、この食券ちょっと変わってますよね」

航君の言う通り。その食券は少し変わっていた。基本的には普通の券売機で売っているものと変わらない。でも、「当日限り有効」の部分には取り消し線が引かれていて、ご丁寧に訂正印らしき押印があった。

「寿々目(スズメ)食堂ってどこだろう? 当日限り有効が取り消されてるってことは、今も使えるのかな???」

理屈的にはそうだろう。でも、発券日は十四年前。ちょうど航君が生まれた頃の日付だ。ひょっとしたらお店がもうない場合だって考えられる。

すると、羽鳥さんが本の奥付を見ながら言った。

「カンナさん、この本はずいぶん前に買い入れたの?」

「いえ、わりと最近です。書斎の本をまるごと買い取って欲しいということで、私がお宅に伺って。ほら、羽鳥さんもご存じの、亡くなった桧垣(ひがき)教授の――」

「ああ、桧垣先生の」

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