私、古書店の雇われ主人です。
「ところで、少しお聞きしたいことがあるのですが」

話を切り出す羽鳥さんの横で、私はあの食券を取り出して見せた。

「おそらくこちらの食券かなって思うんですけど――」

旦那さんと奥さんは不思議そうな顔をしたけれど「間違いないです」と頷いた。

「確かにうちの店のです。な?」

「ええ。きっとお義母さんだわ」

(やっぱり!)

冒険の旅も佳境に入り、ワクワク感がいっそう募る。私は気持ちドキドキしながら、今日ここへ来た理由を説明した。けれども――。

「親父とお袋がいたらよかったんだけど……申し訳ない」

当時のことについては、残念ながら旦那さんと奥さんではわからないとのことだった。

「何かのサービスだったんでしょうけど。お義母さん、きっぷのいい人だったから」

奥さんによると、先代のおかみさんはサービス精神旺盛な人で、その接客の素晴らしさに惚れ込んで通うお客さんも少なくはなかったという。

 結局、謎の食券の発券元は確認できたものの事情は分からずじまい。それでも、収穫がなかったわけではない。

「またいらしてください。そのときは、古い食券のお話をぜひ聞かせてくださいね」

帰りしな、奥さんは“美味しい紅茶”の食券を「サービスです」と持たせてくれた。

「ありがとうございます。食券のこと、わかったらまた来ます」

そうして、私たちは“期限なし”の食券と、素敵なご縁をお土産に、寿々目食堂をあとにした。

「謎解きは少しお預けというわけか。残念ながら」

「そうですね、桧垣教授の奥様が帰国されてからですね。残念ながら」

「残念」「残念」と言いながらも、がっかり感はあまりなかった。

よくよく考えれば、あの古い食券が桧垣夫妻のものとは限らない。なのに、私は根拠のない自信に満ちていた。おそらく、私だけでなく羽鳥さんも。

「ミュージアムショップで航君にお土産買っていきましょう」

「いいね。そうしよう」

「桧垣先生のお宅にも買って行こうと思って」

「うん。ひょっとしたら、この美術館のこともご存知かもしれないしね」

美術館を目指して歩く私たちはご機嫌だった。冒険の旅の終わりはまだ先で、物語はなおも続いている。それが素直に嬉しくて、はしゃがずにはいられない(なんだか子どもみたいだけれど)。

私たちは物語の結末をきっと見届けることができる。羽鳥さんも同じように信じてくれていることが、ひどく地よくて嬉しかった。

訪れた美術館は美しい庭園が広がる古い洋館で、所蔵されているのは地元ゆかりの水彩画家の作品だった。

私たちは思いおもいに作品を眺めた。私は描くのはさっぱりだけど、絵を見るのは好きなほうだと思う。でも、羽鳥さんはもっともっと絵が好きで、ずっとずっと熱心に一つひとつの作品を鑑賞していた。

(羽鳥さん、本当に絵が好きなんだ)

私は絵画に見入るその横顔を静かに見つめた。けっこう凝視しているはずなのに、羽鳥さんは私の視線にまるで気づかない。

(こういうの、なんかいいな)

決して気づいて欲しいわけじゃない。夢中になっている彼を、もう少し眺めていたい。どうしてか、そんな気持ちがはたらいた。

お店では読書に耽る航君をじっと見ていることもある。微笑ましくて、守ってあげたい気持ちになる。けど、今ここで羽鳥さんに抱いているこの感じはもっとこう――。

「ごめん、いい加減にしないといけないね」

「えっ」

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