私、古書店の雇われ主人です。
書庫で逢いましょう
爽やかな秋晴れの日。私は航君に連れられてB大学を訪れた。
「カンナさんは来たことあるんですよね?」
「まあでも、高校生のときに学祭見に来たとか。それくらいだよ」
正門を通って道なりに歩みを進めながら辺りを見渡す。
国内有数の敷地面積を誇るB大学はとにかく広い。キャンパス内を循環するミニバスがあるくらいで、下手をすれば遭難者でも出そうなくらい広いのだから。
「私、迷子にならないように航君について行かなきゃ」
「まかせてください。羽鳥さんとの待ち合わせには余裕あるし、バスとか乗ってみますか?」
「乗る乗る!」
「ま、図書館へはバスに乗らなくても行けちゃうんだけど」
航君はしれっと言うと、くすりと笑った。
「社会科見学はイベント盛りだくさんのほうがいいですよね」
「さすが航先生、わかってらっしゃる」
「おれは引率の先生ですか……」
(本当の引率役は羽鳥さんだけどね)
今日ここへやって来たのはB大図書館を見学するため。大学図書館の一般利用は閲覧と複写に限られていて、その他の利用は紹介状が必要になる。私たちが施設見学できるのは、もちろん羽鳥さんの計らいだった。
メタリックな建物が点在する広大なキャンパスは、緑豊かな自然と無機物的なモノたちとが奇妙な具合に融合している。バスが通る道路は構内とは思えないほど広くて、辺りはとにかく整然として靜かだった。
「おれが行ってる“教室”は少し奥まったところにあるんです。一番大きい学食からは離れてるんだけど、第二食堂っていう少し小さめの学食があって――」
バスの中で、航君はキャンパスのことを色々話してくれた。
(航君、生き生きしているなぁ)
キャンパスの話をする航君は嬉しそうで、どこかちょっと誇らしげに見える。
学校へ行かなく(行けなく)なってからB大教育学部が運営する不登校児をサポートする支援教室に通うようになった航君。教室の環境にも慣れて元気に通室していると、お母さんがお店にいらして教えてくれた。それはついこの間のことだったのだけど――。
「あの子が元気でいてくれることが一番なんです。ただ、このままずっと学校へ戻ることなく通室を続けることを考えると……少し、複雑というか」
航君のお母さんは揺れる気持ちをぽつりとこぼした。学校に居場所を失った航君が、安心できる別の居場所を見つけられたのはよかったに違いない。けれども、親御さんとしては複雑なのだろう。お祖父さんは孫の不登校をどうしても理解できないというし。学校から完全に疎遠になることを不安に思うのも当然だ。
「あの子の心が病んでしまうくらいなら学校なんて行かなくていいって思っていたはずなんですけどね。なのに、やっぱりぶれてしまうときもあって」
力無く困ったように微笑むお母さんに、私は何と言ってよいやらわからなくて。だから、自分の素直な気持ちを率直に伝えた。
「私は航君の友人として思うんです。お母さんが航君のお母さんで良かったって。航君の気持ちに寄り添ってくれるお母さんで。本当に」
きっと、航君だってそう思っているに違いない。ただ、照れくさくて決して口には出さないだろうけど。
「カンナさんは来たことあるんですよね?」
「まあでも、高校生のときに学祭見に来たとか。それくらいだよ」
正門を通って道なりに歩みを進めながら辺りを見渡す。
国内有数の敷地面積を誇るB大学はとにかく広い。キャンパス内を循環するミニバスがあるくらいで、下手をすれば遭難者でも出そうなくらい広いのだから。
「私、迷子にならないように航君について行かなきゃ」
「まかせてください。羽鳥さんとの待ち合わせには余裕あるし、バスとか乗ってみますか?」
「乗る乗る!」
「ま、図書館へはバスに乗らなくても行けちゃうんだけど」
航君はしれっと言うと、くすりと笑った。
「社会科見学はイベント盛りだくさんのほうがいいですよね」
「さすが航先生、わかってらっしゃる」
「おれは引率の先生ですか……」
(本当の引率役は羽鳥さんだけどね)
今日ここへやって来たのはB大図書館を見学するため。大学図書館の一般利用は閲覧と複写に限られていて、その他の利用は紹介状が必要になる。私たちが施設見学できるのは、もちろん羽鳥さんの計らいだった。
メタリックな建物が点在する広大なキャンパスは、緑豊かな自然と無機物的なモノたちとが奇妙な具合に融合している。バスが通る道路は構内とは思えないほど広くて、辺りはとにかく整然として靜かだった。
「おれが行ってる“教室”は少し奥まったところにあるんです。一番大きい学食からは離れてるんだけど、第二食堂っていう少し小さめの学食があって――」
バスの中で、航君はキャンパスのことを色々話してくれた。
(航君、生き生きしているなぁ)
キャンパスの話をする航君は嬉しそうで、どこかちょっと誇らしげに見える。
学校へ行かなく(行けなく)なってからB大教育学部が運営する不登校児をサポートする支援教室に通うようになった航君。教室の環境にも慣れて元気に通室していると、お母さんがお店にいらして教えてくれた。それはついこの間のことだったのだけど――。
「あの子が元気でいてくれることが一番なんです。ただ、このままずっと学校へ戻ることなく通室を続けることを考えると……少し、複雑というか」
航君のお母さんは揺れる気持ちをぽつりとこぼした。学校に居場所を失った航君が、安心できる別の居場所を見つけられたのはよかったに違いない。けれども、親御さんとしては複雑なのだろう。お祖父さんは孫の不登校をどうしても理解できないというし。学校から完全に疎遠になることを不安に思うのも当然だ。
「あの子の心が病んでしまうくらいなら学校なんて行かなくていいって思っていたはずなんですけどね。なのに、やっぱりぶれてしまうときもあって」
力無く困ったように微笑むお母さんに、私は何と言ってよいやらわからなくて。だから、自分の素直な気持ちを率直に伝えた。
「私は航君の友人として思うんです。お母さんが航君のお母さんで良かったって。航君の気持ちに寄り添ってくれるお母さんで。本当に」
きっと、航君だってそう思っているに違いない。ただ、照れくさくて決して口には出さないだろうけど。