私、古書店の雇われ主人です。
「さて、今度こそ……」
羽鳥さんは書架の側面に表示された分類番号をふむふむと確認した。
「クエスト攻略は目前だ」
「それじゃあボス敵と対決するみたいじゃないですか」
「ボス敵を倒しにきたわけではないけれど、ダンジョンに隠された秘宝を探しにきた感じはあるでしょ?」
「それは確かに」
本当にちょっとした冒険みたいだと思った。
書庫はより多くの資料を保管するために集密書架が採用されている。上のフロアでは利用者が自由に本を手に取って探しやすいように、ある程度のスペースと取って等間隔に書架が設置されている。けれども、集密書架にはそのスペースがない。
まるで一つの棚にびっしり本を収納したように、一つの区画に書架は隙間なく並んでいる。書架の下にはレールがあり、本の出し入れをするときだけ、人が立ち入るのに必要なぶん書架の位置を移動する仕組みになっているのだ。
「ボタン、押してみるかい?」
「えっ、いいんですか?」
(うれしい!ポチッと押してみたい!)
「せっかくだから押してごらんよ。ダンジョンのしかけにありそうだよね、こういうの。岩がゴゴゴゴーッて動いて宝箱がある隠し部屋が現れるみたいな」
「ですよね、ですよね」
(本当、ちょっとした冒険のクライマックスみたい)
「じゃあ、押しちゃいますね」
「どうぞ。押しちゃってくださいな」
手動式でハンドルを回して移動する集密書架もあるけれど、ここは自動式なので手間がない。ボタン1つでラクラクだ。
「私、自動式の集密書架って初めてです」
「そうなの?」
「学生のとき、司書課程の授業で書庫へ入ったことがあったんですけど。私が行っていた大学はそれほど大きなとこじゃなかったので、書庫もそれなりで」
「ここはなにせ資料の数が多いから。排架には苦労しているようだよ」
「保管場所の確保はウチのお店でも頭の痛い問題です」
もちろん、古書店の役割は人から人へと本を取り次ぐことだと思っているけど。お客さんによりよい「出会い」を提供するためにも在庫の確保は重要だから。
低い機械音が鳴ると「作動中」のランプが点滅して、書架はゆっくりと動き出した。
「本当、岩戸が開くみたいですね。開けゴマ的な?」
「カンナさんは想像力豊かだな」
「羽鳥さんが言い出したことじゃないですか」
「そうだっけ?」
羽鳥さんがとぼけた表情で私を見下ろす。穏やかで優しい、私がよく知っている羽鳥さんの目。ふいに視線がぶつかって、私は照れくさくて目を伏せた。
「羽鳥さんは遊び心満載じゃないですか。その、いつだって……」
(もう、航君がへんなこと言うから)