私、古書店の雇われ主人です。
いつだって、羽鳥さんと一緒にいると楽しい。それに、すごく落ち着く。なのに今日は、どこかそわそわ落ち着かない。

(なんか嫌だな、どうしても意識しちゃうみたい)

こうしていられるのが嬉しいのに。ううん、嬉しいから……。

「この書架の奥だよ」

書架が静かに停止すると、羽鳥さんは「どうぞ」と言って私を先へと促した。書架と書架に間にできた狭い通路を、縦一列で奥へと進む。

壁で行き止まりの隅っこまできて、ようやくお目当ての本があった。でも、高いところの棚にあって、私の身長だとちょっと厳しい……。すると、羽鳥さんの腕がすっと高く伸べられた。

「ちょっと待っていて」

「あ、はいっ」

(私と羽鳥さんの身長差ってどれくらいあるんだろう?)

今日の私はまったくどうかしている。今までは気にとめたことのないあれやこれやに引っかかって。そのたびに、ドキドキして……。

「はいどうぞ。少し重たいからね」

「あ、ありがとうございますっ」

羽鳥さんがひょいと取ってくれたその本を、私はずしりとした重みとともに受け取った。

「綺麗な本だよね、とても」

「はい、とっても」

それはある油彩画家が色鉛筆のみで描いた花の絵の画集だった。出版年が古いだけでなく、部数も限られていたために今では希少価値が高くなっている。

古書を商う人間として、その希少価値の高さはとても興味深いところではある。でも、私がこの画集を見たかったのは、単純にその美しさに心惹かれたから。

「朝顔の花がどうしても見てみたかったんです」

私は逸る気持ちを抑えきれず、その場で早速ページを開いた。

「素敵」

紫、赤紫、薄紫、桃色、水色……色とりどりの朝顔が美しく咲き、緑鮮やかなつるがしなやかに伸びている。色鉛筆で描かれたその花は柔らかく繊細で、絵からは夏の光や瑞々しさが伝わってきた。

「カンナさんは花が好きだよね」

「え?」

思いがけない指摘だった。だって、花が好きだなんて言ったことがないはずだもの。

「お店にいつも活けてあるでしょ。花器にも気をつかっているようだし」

「見ていて下さったんですね」

「うん。癒されるなぁと思って」

きゅんとして胸が熱くなった。決して誉められたくてしていたわけじゃない。自分が好きでしているだけの自己満足。

それでも、やっぱり嬉しかった。大切にしていること、愛情を持ってやっていることを、誰かが――羽鳥さんが見守っていてくれたなんて。

(どうしよう、困ったな……)
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