私、古書店の雇われ主人です。
嬉しくて困る。困っている自分に困る。

ほんのり甘く柔らかくて、それでいて、どこか切ない熱い気持ち。想いがあふれるように、心いっぱいに広がっていく。

「カンナさん」

「はいっ」

私は思いきりどぎまぎした。この揺らめきを覚られていたらどうしよう、と……。

「航君と何かあった?」

「え?」

(航君のこと?)

「いや、何か少しいつもと様子が違う気がして。だから」

まあ、航君が発端といえば発端だろうか。

「ここへ来る前にケンカでもしたの?」

「いえ、そういうわけじゃ」

冷静に考えれば、航君は何も悪くない。私が勝手に気にしているだけ。完全な独り相撲だ。

「彼は何か言っていた?」

「何かって?」

「例えば……教室のこととか? その他のことでも」

「そうですねえ、教室がキャンパスの奥まったところにあるとか、少し小さめの学食があるとか、そういう話は聞きましたけど」

「そっか」

「はい」

本当は、もっともっと他の話も聞いたけど。羽鳥さんに好きな人がいるとか、いろんな話。でも、そんなこと言えやしないもの。

言えない、というか……たぶん言いたくないのだ。羽鳥さんの反応を見るのが怖いから。

「あのさ、唐突な質問なんだけど」

「はい?」

「カンナさんは恋愛相談とか得意だったりする?」

「えっ……」

その質問は私の心を翳らせた。こんなふうに聞くからには「得意ですよ」という返答を期待しているに違いない。

羽鳥さんは私に相談しようとしているのだろうか、自身の恋のお悩みを。もし、本当に恋愛相談を持ちかけられたら、私は……。

「あの、私……」

「ごめん」

「え?」

「今の話は忘れて。申し訳ない」

羽鳥さんは決まり悪そうに微笑むと「本、座ってゆっくり見るといいよ」と言って書架を離れた。

それからしばらく、私は一人静かに書庫内に設けられた小さな閲覧席でページを繰っては美しい花々を眺めた。

絢爛豪華に咲き誇る花、明るく元気いっぱいに咲く花、いろんな花がある中で、私は――ひっそりと散りゆく花の絵に見入ってしまったのだった。


「へぇー、B大図書館に行ってきたんだ」

久しぶりにお店にやってきた宮崎さんは「いいなぁ」と言って本当に羨ましそうな顔をした。

「私が行ったのは改装前だからさ。今はすごくキレイでハイテクなんだってね。誰かが“電子の要塞”って言ってたわ」

「あー、確かに。なんていうか、サーバー室みたいとか思いました」

「なるほど」

宮崎さんはあははと笑うと、コーヒーを一口飲んで小さく息をついた。

「そういえば、カンナさんは司書になろうとは思わなかったの? 資格は持っているんだよね?」

「とりあえず持ってはいますけど。司書って狭き門じゃないですか」
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