私、古書店の雇われ主人です。
文学系を専攻する学生にとって、勉強したことを生かせる仕事といえば、教員、司書、学芸員、研究員、編集者……。

教員は人手不足と聞くけれど、だからといって誰でも採用される仕事ではないし。基本的にどの仕事も求人の数が少なく、専攻と直結した仕事に就くのは難しいのが現実だ。

「宮崎さんはすごいです」

「私は運がよかっただけ。絶対に公務員になれって親が言うからさ。安定は安定だし、親孝行だと思って頑張ったのね。そうしたら、たまたま図書館に異動になって」

能力や適性はもちろん、運や縁もすごく大きい。司書課程の授業を受けていた仲間の多くが図書館司書に憧れていたけれど、私を含めてほとんどの学生が諦めて本や文芸とは関係のない仕事に就いた。図書館員になった子もいたけれど非常勤だったし。やっぱりごくごく一部の人しか就けない仕事なのだと思う。

「カンナさんだってすごいじゃない」

「え?」

「古書店の店長さんだもの」

「私こそ運がよかっただけですから」

店をここまでにしたはは祖父だ。それこそ、私はたまたまオーナーの孫だっただけ。本当、運と縁だと思う。

「そうそう、竹内君は元気? 最近は図書館で見かけないけど」

「元気そうですよ。楽しく通室しているみたいですし。お店のほうにも前ほど顔を出さなくなりました」

「とりあえずよかった、かな? 教室では勉強も見てもらえるんでしょうし安心よね。まあ、我々としては淋しくもあったりなかったり」

「ですね。あ、今日は久しぶりにお店に来る予定なんですよ。そろそろ顔出していい時間かなって思うのだけど――」

B大図書館に行っ日から航君とは会っていない。あの日、航君は私に何か伝えたかったのだと思う。けれども、私は気づいていながら知らないふりをきめこんでいた。「気にならない、知らない」と自身に言い聞かせて……。

「あら、噂をすればかげかしら?」

ドアが開く音がして宮崎さんが振り返る。

(ええっ……!?)

入口のほうを見遣ると、航君だけでなく思いがけない人物がいた。

「驚いた。妹尾、本当に古本屋やってるんだ」

店を訪れたのは大学時代の同級生だった。種村美紀(たねむらみき)に会うのは卒業式以来だと思う。彼女はずんずんと奥へ入ってくると、カウンター席の宮崎さんの隣へ腰かけた。

(種村……???)

殺気立っているというのは大げさだけど、彼女からは冷たく尖った空気が感じられた。それが伝わったのか、航君はこちらに目だけで挨拶をして離れたところに落ち着いた。宮崎さんも帰り支度をして席を立った。

「じゃあ、私はそろそろ。また近いうちに」

「あ、はいっ。いつもありがとうございます」

(せっかく来てくれたのに、コーヒーだけ飲んで帰るみたいになっちゃった……)

宮崎さんには本当に申し訳なかった。でも、お店の中がこんなじゃ寛げないに違いない。

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