私、古書店の雇われ主人です。
店は奇妙な緊迫感と重苦しい空気に包まれていた。
学生時代、種村とは学科も一緒でゼミも同じだった。二人とも司書課程の授業をとっていたし、教室でよく顔を合わせたのを覚えている。
互いに遊びに行く友達は別にいて、個人的に一緒に飲みに行ったり旅行に行ったりする感じでなかったっけ……。
それでも、彼女は勉強熱心な努力家で、私は彼女のように優秀ではなかったけれど地味に真面目にやるタイプで。ゼミでは活発に意見のやりとりをよくしたし、私たちは会えば気兼ねなく勉強の話ができる良い関係だった。
ただ、彼女が今日ここへ来たのは「旧交をあたために」なんて理由じゃなさそうで……私はやや慎重に話しかけた。
「えーと、卒業以来だよね」
「転勤で先月こっちに越してきてさ。妹尾の話はゼミの子に偶然会って聞いた」
種村はニコリともせず淡々と言った。やはり、どう見ても懐かしくて訪ねて来たわけでないのは明らかだった。
「そっか、転勤でこっちに。種村はメーカーさんの営業職だっけ?」
「そっ。フツーの会社のフツーの営業」
ダークグレーのパンツスーツに、黒いバッグにパンプス。会社にいた頃、若い営業職の女性たちが同じようなかっこうで外回りに出かけていたのを思い出した。種村も営業の合間にここへ立ち寄ったのだろうか。
彼女はつまらなそうな顔で、少し苛立った様子でさらに言った。
「フツーに黒い会社の、フツーのヒラ営業。お客さんに頭下げるのが仕事の謝り侍だよ」
自嘲気味に笑う彼女の目には明らかな敵意が感じられた。私はなんとなくだけど、種村がここへ来た理由がわかった気がした。
「妹尾はいいよね。実家は盤石で好きな仕事までできてさ」
羨ましいというよりも妬ましい。もっと言えば「納得がいかない」といった思いだろうか。種村は一方的に話し続けた。
「環境って大きいわ。親のコネで図書館の非常勤職員になった子がいたもんね。私はコネなんてなかったし、奨学金返さなきゃならないから正社員で稼げる仕事に就くしかなかったもん」
諦めた夢、意に染まない仕事。不条理と不公平。やり場のない気持ちを、彼女は今ここで吐き出しているのだと思った。
「転職したくたって簡単にはやめられないし。本当、親に頼れる人たちが羨ましいよ」
種村は一気に喋り倒すと大きなためをついてみせた。
怒りと不満にさいなまれて暮らすのは苦しいに違いない。理想と現実の折り合いをつけるのは難しい。
やり場のない気持ちを私にぶつけたところでどうにもなりはしない。もちろん、彼女だってそんなことはわかっているのだ。
私にどうにかしてほしいなんて思ってはいないし、かけてほしい言葉があるわけでもない。ただもう誰かに気持ちを吐露せずにはいられなかったのだと思う。
(私が何を言っても角が立つんだろうな)
学生時代、種村とは学科も一緒でゼミも同じだった。二人とも司書課程の授業をとっていたし、教室でよく顔を合わせたのを覚えている。
互いに遊びに行く友達は別にいて、個人的に一緒に飲みに行ったり旅行に行ったりする感じでなかったっけ……。
それでも、彼女は勉強熱心な努力家で、私は彼女のように優秀ではなかったけれど地味に真面目にやるタイプで。ゼミでは活発に意見のやりとりをよくしたし、私たちは会えば気兼ねなく勉強の話ができる良い関係だった。
ただ、彼女が今日ここへ来たのは「旧交をあたために」なんて理由じゃなさそうで……私はやや慎重に話しかけた。
「えーと、卒業以来だよね」
「転勤で先月こっちに越してきてさ。妹尾の話はゼミの子に偶然会って聞いた」
種村はニコリともせず淡々と言った。やはり、どう見ても懐かしくて訪ねて来たわけでないのは明らかだった。
「そっか、転勤でこっちに。種村はメーカーさんの営業職だっけ?」
「そっ。フツーの会社のフツーの営業」
ダークグレーのパンツスーツに、黒いバッグにパンプス。会社にいた頃、若い営業職の女性たちが同じようなかっこうで外回りに出かけていたのを思い出した。種村も営業の合間にここへ立ち寄ったのだろうか。
彼女はつまらなそうな顔で、少し苛立った様子でさらに言った。
「フツーに黒い会社の、フツーのヒラ営業。お客さんに頭下げるのが仕事の謝り侍だよ」
自嘲気味に笑う彼女の目には明らかな敵意が感じられた。私はなんとなくだけど、種村がここへ来た理由がわかった気がした。
「妹尾はいいよね。実家は盤石で好きな仕事までできてさ」
羨ましいというよりも妬ましい。もっと言えば「納得がいかない」といった思いだろうか。種村は一方的に話し続けた。
「環境って大きいわ。親のコネで図書館の非常勤職員になった子がいたもんね。私はコネなんてなかったし、奨学金返さなきゃならないから正社員で稼げる仕事に就くしかなかったもん」
諦めた夢、意に染まない仕事。不条理と不公平。やり場のない気持ちを、彼女は今ここで吐き出しているのだと思った。
「転職したくたって簡単にはやめられないし。本当、親に頼れる人たちが羨ましいよ」
種村は一気に喋り倒すと大きなためをついてみせた。
怒りと不満にさいなまれて暮らすのは苦しいに違いない。理想と現実の折り合いをつけるのは難しい。
やり場のない気持ちを私にぶつけたところでどうにもなりはしない。もちろん、彼女だってそんなことはわかっているのだ。
私にどうにかしてほしいなんて思ってはいないし、かけてほしい言葉があるわけでもない。ただもう誰かに気持ちを吐露せずにはいられなかったのだと思う。
(私が何を言っても角が立つんだろうな)