私、古書店の雇われ主人です。
律儀で几帳面なところはそのまんま。彼女はやっぱり私が知っている種村だった。

「それじゃあまあ、お互いにごめんねありがとうってことで」

「了解」

嬉しくて、あったかくて。懐かしくて、くすぐったい。

とりあえず追って時間を連絡することを約束して私は仕事に戻った。種村はしばらく店内の本を眺めてから「じゃあまた、旧交をあたため直しにくるわ」と笑って店をあとにしたのだった。


「あらまあ、彼女とそんなことが」

店へやってきた宮崎さんに、私は種村とのあれこれを話していた。「また近いうちに」と言ったはずが、こうして話すのはかなり久しぶり。季節は移ろい、店の入口にはリースが飾られ、店内にはシクラメンの鉢植えが置かれるようになっていた。

「真面目な人なのね。だから頑張りすぎちゃうんだ」

「そうなんです。ずるをしたり手を抜いたりできない性格だから」

「仕事ってちゃんとやる人のとこに結局は集まっちゃうから。彼女、体力的にも精神的もきつくなっちゃうんだろうね」

宮崎さんは「想像できるわぁ」と優しい目をして苦笑した。

「種村は本に関わる仕事がしたかったんです。すごく優秀で誰よりも勉強熱心だったし。でも、奨学金の返済のことを考えたら少しでも給料の高い仕事につかなきゃって思って」

「なるほどね」

「けど、後悔してるそうです。目先の不安にとらわれすぎていたって」

やりたいことがあって大学へ行ったはずなのに。自分の将来のためにお金を借りたはずなのに、現実にはちっとも自分らしく生きられていないと気がついた。

いや、気づいたというよりも、目を逸らしていた事実を認めて向き合おうときめたのだ、と。

「若いんだもん、いくらだって軌道修正できるできる」

「これからは意識的に自分の時間を作っていきたいって言ってました。転職のことも視野に入れて自分の勉強がしたいって」

「いいじゃない。本に関わる仕事、やりたいんだね」

「ええ。“まずは返すもの返して、それから好きな仕事を”なんて言いながら、内心どこか諦めていた。でも、やっぱりそんなの嫌だからって」

種村があらためて店を訪ねてきてくれたあの日。

夜になって近所の居酒屋で落ち合った私たちはいろんな話をした。

中でも盛り上がったのはやっぱり本の話。B大図書館の書庫を見学したと言うと、種村は羨望の眼差しで私を見つめた。

「いいなぁ。そういえば、学生時代に司書の授業で書庫の見学したことあったよね」

「うん」

「でもさ、きっとあんなじゃないんでしょ?」

「そうなの。ぜんぜん規模が違うからね。SFの世界っていったら大袈裟だけど、あのシステマティックな閉鎖空間は独特の雰囲気かな」

「でも、書架には古~い紙の本が詰まっているわけでしょ?」

「そうそう。そのギャップがまたなんともね」

(ああ、やっぱり懐かしいな、この感じ……)
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