私、古書店の雇われ主人です。
それはやはり、宮崎さんが目撃した出来事と関係があるのだろうか。いや、おそらくあるのだろう。
「クラスの人間関係のこと?」
航君は黙って頷くと、ぽつぽつ事情を話し始めた。
「二年でクラス替えがあったんだけど、おれのクラスは正直あんまり初めから雰囲気がよくなくて。クラスを牛耳る派手な連中をてっぺんにして、さる山みたいに階級が決まっているんです」
その状況は詳しく聞くまでもなく、とても容易に想像できた。
声が大きい一部の人間に、その他大勢が従属している図。その他大勢の中にもまた、バカバカしい序列があることも。誰もが雰囲気に逆らえずに、不満と不安をくすぶらせながら漂っている。教室という濃密で複雑な小さな世界。
「クラスの中に優柔不断のお調子者みたいな奴がいて、そいつがすぐにいじめのターゲットになったんです。みんな自分がやられるのが嫌だから、なんとなく従うようになって。でも、おれはそういうのに乗っかれなくて……。だからって、庇うとか味方になるとかは無理で。それで“普通に”していたんです。つるんだりもしないけど、無視もしない。けど、おれのそういう態度がムカついたみたいで――」
ターゲットが航君に変わった、と。しかも「優柔不断のお調子者」は難を逃れたとばかりにいじめる側にあっさり転じたというのだから。航君の気持ちを考えると胸が張り裂けそうになった。
「おれ、割り切ろうとしたんです」
「割り切る?」
「学校は遊びにいくところじゃない。勉強しに行くところだから、って」
その言葉は私の辛い記憶を鋭くえぐった。だって、とても似ていたから。
(会社は友達を作る場所じゃない。仕事をする場所だから)
そうしてすべてを割り切ろうとした。楽しくなくても当たり前。辛くても当たり前。仕方がない。遊びじゃなくて仕事だもの。言い訳をせず、為すべきことをするしかない、と。
「でも、教科書を盗られたりして」
「ええっ、それって泥棒じゃない!」
「そうなんですけど。でも、あいつら本当にずるいから。おれが証拠もなしに責めたりできないってわかってるんです」
「先生には? 無くなったことは言ったんでしょ?」
「言いましたけど……おれの管理不十分みたいに逆に怒られました」
「そんなっ」
私ははらわたが煮えくり返る思いがした。飲んだコーヒーが胃の中で沸騰しそう。
「見ていたやつがいても、目撃したって名乗り出るわけないし」
「だってそんな、そもそも先生はクラスの問題についてどう考えているわけ?」
「それは……うーん」
航君はとても困った顔をした。そして、コーヒーを一口飲んでから静かに言った。
「わからないです」
「え?」
「先生的には、とにかくおれが学校に来れば済むことなんだと思います」
「何それ? 航君さえ我慢すればいいってこと?」
裏を返せば、学校に来られない航君が悪いと言っているようなものだ。航君が来られないばかりに学級に不登校の生徒が出てしまったと。
「とにかく頑張って学校に来ることが大切だって言うんです。でも、状況は何もかわらないし。いじめられるのが普通で、我慢して当たり前で。しかも、終わりも見えないっていうか。それで、もう無理かなって……」
「クラスの人間関係のこと?」
航君は黙って頷くと、ぽつぽつ事情を話し始めた。
「二年でクラス替えがあったんだけど、おれのクラスは正直あんまり初めから雰囲気がよくなくて。クラスを牛耳る派手な連中をてっぺんにして、さる山みたいに階級が決まっているんです」
その状況は詳しく聞くまでもなく、とても容易に想像できた。
声が大きい一部の人間に、その他大勢が従属している図。その他大勢の中にもまた、バカバカしい序列があることも。誰もが雰囲気に逆らえずに、不満と不安をくすぶらせながら漂っている。教室という濃密で複雑な小さな世界。
「クラスの中に優柔不断のお調子者みたいな奴がいて、そいつがすぐにいじめのターゲットになったんです。みんな自分がやられるのが嫌だから、なんとなく従うようになって。でも、おれはそういうのに乗っかれなくて……。だからって、庇うとか味方になるとかは無理で。それで“普通に”していたんです。つるんだりもしないけど、無視もしない。けど、おれのそういう態度がムカついたみたいで――」
ターゲットが航君に変わった、と。しかも「優柔不断のお調子者」は難を逃れたとばかりにいじめる側にあっさり転じたというのだから。航君の気持ちを考えると胸が張り裂けそうになった。
「おれ、割り切ろうとしたんです」
「割り切る?」
「学校は遊びにいくところじゃない。勉強しに行くところだから、って」
その言葉は私の辛い記憶を鋭くえぐった。だって、とても似ていたから。
(会社は友達を作る場所じゃない。仕事をする場所だから)
そうしてすべてを割り切ろうとした。楽しくなくても当たり前。辛くても当たり前。仕方がない。遊びじゃなくて仕事だもの。言い訳をせず、為すべきことをするしかない、と。
「でも、教科書を盗られたりして」
「ええっ、それって泥棒じゃない!」
「そうなんですけど。でも、あいつら本当にずるいから。おれが証拠もなしに責めたりできないってわかってるんです」
「先生には? 無くなったことは言ったんでしょ?」
「言いましたけど……おれの管理不十分みたいに逆に怒られました」
「そんなっ」
私ははらわたが煮えくり返る思いがした。飲んだコーヒーが胃の中で沸騰しそう。
「見ていたやつがいても、目撃したって名乗り出るわけないし」
「だってそんな、そもそも先生はクラスの問題についてどう考えているわけ?」
「それは……うーん」
航君はとても困った顔をした。そして、コーヒーを一口飲んでから静かに言った。
「わからないです」
「え?」
「先生的には、とにかくおれが学校に来れば済むことなんだと思います」
「何それ? 航君さえ我慢すればいいってこと?」
裏を返せば、学校に来られない航君が悪いと言っているようなものだ。航君が来られないばかりに学級に不登校の生徒が出てしまったと。
「とにかく頑張って学校に来ることが大切だって言うんです。でも、状況は何もかわらないし。いじめられるのが普通で、我慢して当たり前で。しかも、終わりも見えないっていうか。それで、もう無理かなって……」