私、古書店の雇われ主人です。
誰か一人が犠牲になれば事はまるく収まる。そんな卑劣な行為を教師という大人が先導しているなんて。学校での航君はまさに四面楚歌だ。

「航君のおうちの人は? なんて言ってるの?」

「母親と祖母(ばあ)ちゃんは休んだらいいって。でも、祖父(じい)ちゃんは……」

航君の家は父親が単身赴任で、今現在は母方の祖父母と同居する四人暮らしなのだという。

「世間体がどうとかじゃなくて、おれが学校に行かないってことが、どうしても受け入れられないみたいで。だから、ちょっと家にいづらくて」

「そうだったんだ」

「祖父ちゃんもおれのことを心配してくれているんです。けど、価値観が違うっていうか。祖父ちゃん的には学校は絶対に行くべきところだから」

「そうだね。世代によって価値観は違ったりするから」

入社して一年が経った頃、一度両親に会社を辞めようか相談したことがあった。

私は一部の人たちによる執拗な嫌がらせを受けていた。そして、卑劣な行為を黙認する上司や、保身のために同調する周囲の人々の態度に疲弊していた。

ここにいても未来はない。そう思わざるを得なかった。

それでも、父は断固として会社を辞めることに反対した。一度入った会社を一年そこいらで辞めるなどもってのほかだと。社会に出れば理不尽なことなど山ほどある。辛いことがあるたび逃げる気なのかと。

献身的に尽くして何があっても最後まで勤め上げるのが会社。それが企業戦士である父の価値観だった。自分が信じて守ってきた価値観を変えることは難しい。きっと、航君のお祖父ちゃんも同じなのだと思う。

「おうちの人は航君が図書館やうちの店に来ていることをご存知なの?」

「図書館のことは。けど、ここのお店のことは……」

「うちは来てくれてかまわないんだよ。ただ、おうちの人が知っていてくれたら安心かなとは思ってる」

「わかりました」

率直に伝えると、航君は帰ったらきちんとお母さんに話すと約束してくれた。

「あっ。外、雨上がったみたいです」

「え?」

二人で店先へ出ると、さっきまでの豪雨が嘘のように空は明るくなっていた。

「ねえ、虹が出てるよ」

「本当だ。すっごいでかいですね。きれいだなぁ」

「だね。こんな虹らしい虹、久しぶりに見たかも」

神様の粋な計らい――そんな言葉が頭に浮かんだ。

「傘、もう要らないね」

「はい」

「またいつでも来てね」

「はいっ」

突然の大雨は神様がくれた素敵なきっかけ。きっと、すべてのことに意味がある。

私は家路を急ぐ航君の背中を見送りながら、青空に架かる美しいアーチを眩しく見遣った。




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