私、古書店の雇われ主人です。
「すみません。また何冊かあったのでお願いします」

「おう。ありがとよ」

持参した本を手渡すと、色川さんは機嫌よく受け取った。

託した本は――エロ小説、エロ漫画、エロ雑誌……。沖野屋書店では、いわゆるエロ本の買い取りを積極的にはしていない。ただ、古書の仕入れのしかたもいろいろあって場合にもよる。

仕入れは、お客様が持ち込んだ本を個別に買い取る小さな商いもあれば、抱き合わせのように欲しくない本も混じった状態でまとめて買い入れることもある。すると、うちでは売れないけど他店なら売れる本が混ざってくる。そういった本を店主同士で譲り合うのは、さほど珍しいことではない。

紫包堂さんに教科書を探しにくる人がいないように、うちにエロ本を求めて来る人もいないのだもの。本はやっぱり読まれてこそ。本と人が出会うための橋渡し。本の旅路のサポートもまた古書店の大事な役目なのだ。

「沖野屋さんは学生もいっぱい来るから、エロ置いたら儲かるんだろうけどな」

「いやぁ、やっぱりそれはちょっと……」

儲けを考えれば色川さんの言う通り。エロ本の需要は侮れない。でも――。

「まあなぁ、善三さんが許すわけねえな」

色川さんが愉快そうにガハハと笑う。そう、沖野屋書店は祖父の店。祖父のやり方を忠実に守ることが私の仕事。祖父が築いたお客様との信頼を裏切らないように――。

「ん、なんだ? カンナちゃんは今のストイックな路線がご不満か?」

「いえっ、そんなことは」

(うぅ、色川さんってばガサツを装っていて実はすごく鋭いから……)

私のちょっとしたモヤモヤを見透かされてしまっただろうか?

「俺は沖野屋さんがエロ置くのは反対だな。あ、ライバルが増えるからとかじゃないぜ? 若い女主人が一人で切り盛りする店だから。防犯上な」

「そうですね、確かに」

男女は平等だけれど同質ではない。女性だからこその強みもあれば弱みもある。そういったことをきちんと認識して工夫することが大切なのだ。

「あれだ、カンナちゃんはくよくよ考えすぎるきらいがあるな」

「え?」

「善三さんは、孫娘って理由だけで店を任せたわけじゃないと思うぜ。可愛い孫でも見込みがなければ自分の代で店を閉めただろうよ。命と同じくらい大事にしてきた店なんだからな」

(まいっちゃうな、もう。色川さんにはすべてお見通しなんだから)

祖父の大事な店を私などが任されていいのだろうか? 私が不憫で祖父は店をやらせてくれたのかも。そんな思いが時おり心を翳(かげ)らせる。

お店の仕事は大好き。すごくやり甲斐も感じている。でも、どこか申し訳なさが拭えなくて……。

「なんでもわかっちゃうんですね、色川さんは」

「わかりやすすぎなんだよ、カンナちゃんが」

色川さんは愉快そうに笑った。

「贅沢な悩みだって自分でもわかってんだろ? それに、今の仕事が好きでやってんだろ? だったら、心をこめてやればいい。焦りなさんな」

「はいっ」

なんだか清々しい。色川さんの大らかな優しさに背中を押されて、感謝と勇気で心いっぱい満たされた。

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