おとなりさん
4月、桜の季節。

良輔と晴一


「良輔!大丈夫だから。大丈夫。俺がいるよ、晴一が近くにいるよ。落ち着いて呼吸なー。吸って、吐いて。そう!そう!」

「ハァハァハァ…あり、がと、ハル、は、やさし、いね…、、ヒュ、ヒュ、あ、、この…香り…父さん、かあ、さん…ハァハァハァハァ…カヒュ、カヒュ…。」

「良輔…?返事しろよ、良輔!…くそ、気ぃ失ったか…ごめんな、良輔。病院、今ついたから!」

救急車よりも車の方が早いと思って事前に病院に電話しており、病院に着くと ストレッチャーを用意した看護師と医師が数人立って、待機していた。

「お待ちしておりました!患者さんのお名前と、血液型、それと今の状況をお知らせ願います!」

「はい。名前は佐伯良輔です。血液型はA型、持病で喘息を持っています。過去の出来事をフラッシュバックしてしまって、、、過呼吸を起こしています。昼間にも一度過呼吸になりました。よ、よろしく、お願いします…!」

「分かりました!ここでしばらくお待ち下さい!」

「はい、、。」

良輔が運ばれていく姿を、俺は眺めることしか、できなかった。

ポロシャツの胸元を、左手でギュッと握りしめて。目を固く瞑って。荒い呼吸を繰り返している。うわ言で「と、うさん、かあ、さん、、俺、俺は…」と繰り返している。

こんなに苦しそうな良輔はいつぶりだろう。

一度だけ、あったな。

あれは、良輔が高校に上がって一人暮らしを始めてから半年くらい、経ったころかな。

秋のはじめ。

良輔から電話きて、風邪ひいたって。そんとき、頼ってくれて、電話してくれて。すげー嬉しかった。

アパートまですっ飛んでって、必死に看病した。熱でうなされてて、うわ言で「父さん、母さん」って言ってる良輔を見るのが辛くて、俺はあのとき目をそらした。

うなされながら苦しんでる良輔を見て、自分も苦しかったんだ。いや、勝手に苦しいと思い込んでた。

今、治療室と廊下を隔てる壁。

この壁が、俺と良輔の間の壁なのかな。

電話して頼ってくれたこと。
風邪が治って、無理に笑顔を浮かべて、俺に 大丈夫、ありがと って言ったこと。
車に乗ったとき、芳香剤に気づいたのに言わなかったこと。


今、苦しんでること。


色んな思いが俺の中を駆け巡る。
俺は、佐伯良輔という男に対して、宮野晴一として何をしてやれた?どんな話を聞いた?どんな喧嘩をした?どんな、どんな、どんな…

考えが浮かぶたび、思いを巡らせるたび、目の前にあるのは「壁」。

治療室と廊下を隔てる壁。
本音を言ってくれなかった壁。
苦しんでないよ、って嘘つく良輔との壁。

壁がどんどん、ドミノのように。俺と良輔の間を埋め尽くして、引き離していく。

病院の椅子に腰掛けて、膝の上に肘を乗せて。拳を握りしめる。

「ハァ、ハァ、フゥー。フゥー。ハッ、ハッ、ハッ、、、だめだ、俺が、、強く、ならな、きゃ、」

良輔のために、何もしてやれてない俺には、今後何ができる?どんなアクションを…!

そう思っているうち、良輔との壁に押しつぶされそうになる。

壁に押しつぶされるのは、夢か現実か。

段々と呼吸が苦しくなってきた。

良輔の苦しみはこんなものとは比べものにならない、俺が強くならなきゃって思えば思うほど、呼吸は苦しくなる一方だ。

「宮野さ〜ん、佐伯さんのご両親の連絡先は…!宮野さん!」

過呼吸を起こしかかっている俺に、看護師が近づいてきた。

「宮野さん、大丈夫ですからね。ご自分を責めないで下さい。佐伯さんは落ち着いてきましたから。ゆっくり呼吸しましょうね、吸って、吐いて、吸って、吐いて。少し多めに息を吐くといいかもしれません!ね?どうですか?」

「ハァハァハァハァハァ…。ヒュ、ヒュ、ハァーー、ヒュ、スゥーー、う、うぁ、ハァ、ハァーー、、スゥ、ハァ、スゥ…ふぅ…。すみ、ません。だいぶ落ち着いて、きました。すみません。」

「いえいえ!大丈夫ですからね!宮野さん、お疲れでしょうし、こちらのベッドに横になられますか?」

「あ、いえ…。この椅子で、大丈夫です。」

「分かりました。では、無理なさらない程度でいいので、質問に少々お答えしていただいても?」

「ええ、構いません。」

「ありがとうございます。佐伯さんのご両親に連絡を取りたいのですが連絡先または親族の方の連絡先、ご存知ないですか?」

「あぁ、良輔は…小学生の頃、両親を事故で亡くしています。今回の過呼吸も、その事故を思い出すようなことが重なって…それで」

「分かりました。身寄りはいらっしゃらないんですね。
過呼吸の原因がトラウマなら、それについて詳しくお話ししていただけますか?
治療方針になにか手がかり等あればと思いまして。」

それから晴一は、看護師に良輔の過去を全て話した。
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