トキメキひとひら
嘘つきバースデイ
とあるカップルのちょっとしたやさしいサプライズバースデイのお話です。
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深夜二時を過ぎた外の空気は、少しだけ冷たくて眉間にシワが寄る。
私が住む2LDKのアパート。もう明かりがついている部屋は少ない。住民専用のポストの前で一度立ち止まると、意味もなくポケットからスマートフォンを取り出して電源ボタンを押してみた。
そこにはいつもどおりの待ち受け画像が出迎えてくれるだけで、なにも変わりがない。
―4月1日。私は昨日、誕生日だった。
とはいっても、26になった私にとってはそこまで特別なイベントでもなくなっていたんだけど。
それでも、ここ2年くらいは少しだけそんな私の考えも変わっていたのに。
あぁ、やっぱこんなものなのかな。なんて、思ってしまう。
私には、2年前から付き合っている彼が居る。
高校時代の同級生で、同窓会で偶然会ったとき「実はずっと好きだったんだけど」なんてほろ酔いの状態で告白されて。私も、ほろ酔いのまま「じゃあ付き合う?」なんて言っちゃったりして。
あの頃は同い年の男子になんて興味なかったのに、偶然会った彼はちょっとだけ大人っぽくなっていてらしくもなくときめいてしまったのだ。
カンカンカンカン、極力音が響かないようにアパートの階段を1段ずつ慎重に登っていく。
手袋を忘れたせいで冷え性の私の指先はさらに冷え切って、氷みたいだ。
扉の横にある小窓からはやっぱり明かりはない。
こんな時間だ、きっと…同棲している彼は眠ってしまったんだろう。なんて考えながら私は家の鍵を探すために肩にかけていたカバンをそっとおろし探る。
――その時だった。
パチン、という微かな音と共に小窓の向こうから優しい光が漏れ出す。
「え…」
突然のことにカバンを探るためにしゃがみこんでいた私は、そのまま座り込んで扉を見つめる。
嘘、うそうそ、うそだよ…。なんで?
彼は、朝が早くて0時には眠くなっちゃうのを知ってる。
昨日だって本当は私が早く帰ってきて、一緒にお祝いするはずだったのに結局仕事が長引いてダメになっちゃった。
寝てても仕方がないって、去年みたいに。おととしみたいに、お祝いしてもらえなくても仕方がないよって言い聞かせてたのに。
「なんで起きてるの…」
そんな私のつぶやきをよそに、目の前の扉は小さな開錠の音を立てた後ゆっくりと開いた。
「さゆり」
優しくて、ちょっとハスキーで、私の大好きな声。私の、大好きな人の声だ。
「あ、あきらぁ……」
大人げもなく瞼が熱くなって、きゅっと目を閉じる。
泣いてしまいそうで、いや、きっともう涙は浮かんでいるだろう。それをこぼさないように、私は強く強くまぶたを閉じたまま彼の名前を呼んだ。
「はは、なんでそんなとこに座り込んでるんだよ。ほら、中入りな」
「うー……、なんで起きてるの~…」
「なんでって、今日はお前の誕生日じゃん。お祝い、毎年するって言ったじゃん」
正確には昨日か、なんて小さく笑うその様子さえ今の私には涙腺刺激物だ。
たまらなくなって、結局私は努力むなしく涙をぼろぼろこぼしてしまった。
そんな約束、付き合う前に言った言葉なのに守ってくれるなんて思わないじゃない。
期待したって、がっかりしたって、絶対なんてないんだよって思ってたのに。
明はいつもひとつひとつを大切に、私に与えてくれる。
だからかな。こんなことで、子供みたいに泣いてしまうのは。
「どうした、嫌なことあった?」
片膝をついて屈んだ明がぽんぽん、とやさしく私の肩をなでるとぎゅっと抱きしめてくれる。立ち上がる気力も起きなくて、そのまま私はしがみつくように抱きしめ返した。
「ちがう、嬉しいの。ごめんね、私が約束ダメにしちゃった……」
「そんなことか」
「そんなことじゃないのに~…!」
さらに涙声になる私に、明は困ったように笑うと少し体を離してそのまま――…
私を、抱き上げた。いわゆる、お姫様抱っこというやつだ。
「え、ちょっと…!?」
「お、涙引っ込んだ」
「引っ込むよ!驚くじゃん!」
私の身長は160センチ、照葉180センチ。これはなかなか怖い。
ぎゅう、と首元へ腕を回すようにして抱きつくと照葉吐息混じりに小さく笑ってそのまま私の額に口づけを一つ落とした。
「1日遅れようと、1週間先に延びようと俺には大したことじゃないよ。俺にとっては、小百合の誕生日を祝うことに意味があるの」
「……うん……」
「よし」
小さく頷く私を確認すると、明は優しい声色でそう頷き返して玄関へ下ろしてくれた。
後ろ手に扉を閉める様子をじっと見ていると、明は不思議そうに私を見つめ返してきた。
「なに、どうした?」
「扉、閉める姿もかっこいいなあと思って」
「何、急に…」
「ふふ、なんとなく」
照れた時の明は、視線を逸らして小さく鼻を押さえる。
それがなんだか可愛くて、好きだ。
「で、小百合さんは誕生日今から祝わせてくれるのかな?」
「あ、明がいいなら…」
何のためにこんな時間まで起きてたと思ってんの?なんて真顔で言うから、今度は私が少しだけ…恥ずかしくなってしまった。
「さゆり」
「……あ」
不意に名前を呼ばれ、見上げるように顔を上げると一瞬視線が交わった後明の唇が私の唇にそっと重なる。
何度か啄むようなささやかな口づけを交わすと、お互いの唇の隙間から小さな吐息がこぼれた。
「誕生日、おめでとう」
「……誕生日、だから……もうちょっとわがまま言ってもいい?」
「どうぞ?」
小さく首をかしげる明の肩に手を添えて小さく背伸びをすると、明もその意図を汲み取ってくれたのか小さく笑みをこぼしたあと私の腰へ両手を回す。
そうして、私たちは暖かな光に満たされた玄関で優しい口づけを再び交わした。
end