明治恋綴
狗狼衆
「いやーわざわざお屋敷まで招いて頂いてありがとうございます」
綴の前に座っている男、ツネオミは口角を上げながらそう言った。それに対して綴は「礼は必要ない」と言い切り、二人の間にある机の上に置いてある一枚の紙に視線を移した。
「…本当にこれは俺の祖父が書いたのか?」
「ええ、正真正銘本物ですよ?どうぞ近くでご覧になってください」
ツネオミの言葉に綴は紙を取り、自身の顔に近づけた。
『私、九条院惟隆は自分の死後、孫の九条院綴に狗狼衆である柊を護衛につけることをここに契約する』
その文書の後に九条院惟隆と書かれた自署と判子が押されていた。綴は素手でそれに触れて偽物で無いことを確かめる。
「…確かに本物だな。祖父が残した遺書とも内容が一致する」
「信じてもらえたようでよかったです」
ツネオミは笑顔のまま綴から紙を受け取り、自分の着物の袖に戻す。すると「さて」と綴に向き直った。
「では綴様。あなたのご様子から察するに私達狗狼衆のことをよくご存じないと思うのですが、ご説明した方がよろしいでしょうか?」
「一応要人を護衛する集団…との調べはついているが…それだけではないのだろう?」
綴は先程の襲撃の様子を思い出して眉を顰める。そしてツネオミの後ろに控えている柊と呼ばれた面をつけている人物を見る。背丈、体格からみてまだ青年になる前の少年だろう。その柊の先程の行動も同時に思い出し、目をそらした。
「おっしゃる通りです。我々は要人をただ護るのではなく、妖魔憑きとよばれるまがい者達から守り、それらを排除する役目を担っています」
「ようま…」
聞きなれない単語に眉を寄せる綴にツネオミは「ご説明します」と言葉を続けた。懐から一枚の紙と筆を取り出し、机の上に置いた。
「妖魔とはいわゆる負の集合体です。人間の憎悪、殺意、妬みなど負の感情から生まれる“病”で、人間を凶暴化させます。その人間を妖魔憑きと私達は呼んでいます」
ツネオミは筆で人を書き、それに妖魔と書き込む。妖魔の横には負の感情と書いた。
「それは…いわゆる物の怪という認識で合っているのか?」
「とても近いです。ですが物の怪は人に憑くのでその物の怪と対話、もしくは退治しなければいけませんが、妖魔憑きの場合はそれになった場合もう対話の必要がありません。妖魔が話すわけではないので」
続けてツネオミは妖魔憑きの人物図の横に狗狼衆と書き込んだ。
「そこで私達の出番です。その妖魔憑きの憎しみの対象である人物の盾となり、時には刃となり妖魔を妖魔憑きから取り出します。我々にしかできないやり方です」
「…あまりにも現実味が無いな…」
「でも実際見たでしょう、先ほど」
ツネオミは軽く笑い紙を懐にしまった。ツネオミの言葉に綴は口を噤むしかなかった。
「柊、来なさい」
ツネオミに呼ばれた柊は足音を一切立てずに静かにツネオミの傍に来た。面の向こうの杏色の瞳が綴をまっすぐにとらえていた。
「ご自覚がおありでしょうが、綴様とご家族の方は今、妖魔憑きに非常に狙われやすい立場にあります。おじい様が亡くなり、お父様への頭首交代の隙を狙い多くの妖魔憑きが生まれる可能性が高い。ですが、それらのすべてから彼が貴方達をお守りいたします」
柊はその言葉と共に頭を軽く下げた。綴は困惑した表情で見た。
「彼が…一人で俺の家族を守る?」
「ええ、そうです。とても強いのでご安心ください。では」
ツネオミは話は終わったとばかりに杖を手に取り、立ち上がる。
「柊、しっかり護衛するんだよ」
ツネオミの言葉に柊は軽く頷く。
「おい、まだ話は終わって」
「他に何か疑問があるのなら柊にお答えください。彼は四六時中貴方についているので」
「!それは…」
「あ、大丈夫ですよ。私生活には介入しませんので」
「当たり前だ。違う、そうじゃなく」
綴の言葉を無視し、ツネオミは「では、また」と飄々と部屋を出ていった。綴が慌てて追いかけるともうその姿はなかった。
綴の前に座っている男、ツネオミは口角を上げながらそう言った。それに対して綴は「礼は必要ない」と言い切り、二人の間にある机の上に置いてある一枚の紙に視線を移した。
「…本当にこれは俺の祖父が書いたのか?」
「ええ、正真正銘本物ですよ?どうぞ近くでご覧になってください」
ツネオミの言葉に綴は紙を取り、自身の顔に近づけた。
『私、九条院惟隆は自分の死後、孫の九条院綴に狗狼衆である柊を護衛につけることをここに契約する』
その文書の後に九条院惟隆と書かれた自署と判子が押されていた。綴は素手でそれに触れて偽物で無いことを確かめる。
「…確かに本物だな。祖父が残した遺書とも内容が一致する」
「信じてもらえたようでよかったです」
ツネオミは笑顔のまま綴から紙を受け取り、自分の着物の袖に戻す。すると「さて」と綴に向き直った。
「では綴様。あなたのご様子から察するに私達狗狼衆のことをよくご存じないと思うのですが、ご説明した方がよろしいでしょうか?」
「一応要人を護衛する集団…との調べはついているが…それだけではないのだろう?」
綴は先程の襲撃の様子を思い出して眉を顰める。そしてツネオミの後ろに控えている柊と呼ばれた面をつけている人物を見る。背丈、体格からみてまだ青年になる前の少年だろう。その柊の先程の行動も同時に思い出し、目をそらした。
「おっしゃる通りです。我々は要人をただ護るのではなく、妖魔憑きとよばれるまがい者達から守り、それらを排除する役目を担っています」
「ようま…」
聞きなれない単語に眉を寄せる綴にツネオミは「ご説明します」と言葉を続けた。懐から一枚の紙と筆を取り出し、机の上に置いた。
「妖魔とはいわゆる負の集合体です。人間の憎悪、殺意、妬みなど負の感情から生まれる“病”で、人間を凶暴化させます。その人間を妖魔憑きと私達は呼んでいます」
ツネオミは筆で人を書き、それに妖魔と書き込む。妖魔の横には負の感情と書いた。
「それは…いわゆる物の怪という認識で合っているのか?」
「とても近いです。ですが物の怪は人に憑くのでその物の怪と対話、もしくは退治しなければいけませんが、妖魔憑きの場合はそれになった場合もう対話の必要がありません。妖魔が話すわけではないので」
続けてツネオミは妖魔憑きの人物図の横に狗狼衆と書き込んだ。
「そこで私達の出番です。その妖魔憑きの憎しみの対象である人物の盾となり、時には刃となり妖魔を妖魔憑きから取り出します。我々にしかできないやり方です」
「…あまりにも現実味が無いな…」
「でも実際見たでしょう、先ほど」
ツネオミは軽く笑い紙を懐にしまった。ツネオミの言葉に綴は口を噤むしかなかった。
「柊、来なさい」
ツネオミに呼ばれた柊は足音を一切立てずに静かにツネオミの傍に来た。面の向こうの杏色の瞳が綴をまっすぐにとらえていた。
「ご自覚がおありでしょうが、綴様とご家族の方は今、妖魔憑きに非常に狙われやすい立場にあります。おじい様が亡くなり、お父様への頭首交代の隙を狙い多くの妖魔憑きが生まれる可能性が高い。ですが、それらのすべてから彼が貴方達をお守りいたします」
柊はその言葉と共に頭を軽く下げた。綴は困惑した表情で見た。
「彼が…一人で俺の家族を守る?」
「ええ、そうです。とても強いのでご安心ください。では」
ツネオミは話は終わったとばかりに杖を手に取り、立ち上がる。
「柊、しっかり護衛するんだよ」
ツネオミの言葉に柊は軽く頷く。
「おい、まだ話は終わって」
「他に何か疑問があるのなら柊にお答えください。彼は四六時中貴方についているので」
「!それは…」
「あ、大丈夫ですよ。私生活には介入しませんので」
「当たり前だ。違う、そうじゃなく」
綴の言葉を無視し、ツネオミは「では、また」と飄々と部屋を出ていった。綴が慌てて追いかけるともうその姿はなかった。