理想の人は明日から……
 あの飲み会から、岸田さんとは社内ですれ違うと、他愛も無い会話を少しするようになった。

 時々、休憩時間に会うと、一緒にコーヒーを飲む事もあった。

 休憩室を岸田さんと一緒に出ると、向かいから部長が歩いてきた。

 部長と並んで歩いているのは、この間のパスタ屋で見かけた女性だった。


「岸田、これから企画との打ち合わせだ、入れるか?」


「あっ。はい」岸田さんが慌てて返事をした。


「彼女は、スタイリストの立花さんだ。今度の新ドラマの担当だ」


 そう言った部長の目は厳しく貫禄があった。

 とても、私がいつも怒る部長ではなく、声などかけられなかった。

 この間見たサンプルの商品がドラマで使われ、部長の凄さを知ったのは、だいぶ後の事だった。


 三人は企画部の方へ行き、私は営業部へと戻った。



 企画部から戻って来た部長は、自分のデスクに戻ると椅子に座りくるくると回り始めた。


「部長! 気が散ります。椅子にくらいちゃんと座って下さい!」


「はい、はい、すみません」

 部長はニコニコと椅子を止めた。


「全く!」

 私は苛々して、自分のデスクに戻ろうと向きを変えた。


「なあ、南。自販機のコーヒー旨い? 岸田と飲むと旨いか?」


「ええ。勿論」

「ふーん」

 部長は又、椅子をくるくると回しだした。


「部長!」

 私の張り上げた声に、部長は、又「あはははっ」と笑い出した。


 さっきの厳しい仕事の顔はなんだったんだろう? 

 どっちが本当の部長なのかと、まじまじと見てしまった。

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