俺様社長に飼われてます。
「待って、振り向かないで」
返事の代わりに振り向こうとすれば言葉で制止をかけられる。
「……お母さん、来てくれたんでしょ?」
私がそう言うと、後ろからすすり泣くような音が聞こえて胸の奥がぎゅっと締め付けられるように痛んだ。
「ごめんね、未央。わたし、もうあなたの母親だなんて言えない。あんなに最低なことをしたんだもの」
「私、怒ってないよ」
予告なく私が振り向くと数か月前に別れたときと同じ泣き顔の母がそこにはいた。
あの時よりも顔の肉が落ちて、腕も一回り細くなっていた。ただでさえ華奢だった母がより小さく見える。
「素敵な人に巡り会えたから。怒る理由なんてない」
「未央ちゃん……」
母は強い。それでいてひどく弱い人だった。
昔から父と喧嘩しては泣いて、私を連れて家を出て行こうとすることもあった。
子供のように泣きじゃくって取り乱す母をなだめるのはいつも幼い私の役目だった。父が亡くなった時もそう。
でも――繋いだ手を先に離したのは他でもない、母だった。
ぬくもりを求めて宙ぶらりんになったその細い手を取るべき人はもういない。ここにはいない。どこにも、いない。
「育ててくれて、ありがとう」
少しだけ何かを期待したように表情を明るくさせた私の産みの親が、崖から突き落とされたように表情を暗くした。
「み、未央ちゃん?待って、私、」
床に座り込んで、すがるように手を伸ばしてくる女を見ないふりして、休憩所を後にした。
別れの言葉はない。
けれど確かに私が彼女に突きつけたのはさよならだけだった。