俺様社長に飼われてます。
「あ……ああぁ……。ダメだよメープル。こっちにおいで」
次に瞬きした時には、目の前のおじさんの顔面に茶色の毛の塊が張り付いていた。よく見ると動いている。
「や、やめっ……!」
茶色の毛の塊にまとわりつかれて視界を奪われたおじさんは振り払おうと必死に暴れている。
なんだか阿波踊りをしているようで笑いそうになるのを堪えて、毛の塊――正体はトイプードルだった。
その首に繋がれたリードを辿って飼い主らしき人を見る。
「あれ、篠原さんじゃないですか」
ボサボサの茶髪に度の強そうな眼鏡。見覚えのあるその風貌に私は目を見開いた。
「あ、赤羽さんっ?」
思わぬ救世主――しかも知り合い――の登場に嬉しさから声が裏返った。
「こんばんは。俺、犬の散歩中だったんですけど邪魔しちゃいましたかね」
いつもと同じ気だるげなトーンで、だけどどこかトゲのある声音が響く。
私は、邪魔じゃない、むしろ助かったと言うように首を横に振る。
それを見た赤羽さんはようやくおじさんの存在に気が付いたとでも言うようなとぼけた表情で首を傾げて、おじさんの顔に張り付いたトイプードルを引き剥がした。