叫べ、叫べ、大きく叫べ!
4.大切な日々
目の前の光景が一気にざわついた。男性の声が誰かに指示するとさらに周りがどよめく。
ずっと彼を見失わないように見ていた先には人集りができていた。彼の姿が全く見えないのはこの人集りの中にいるから。
そんなことは分かってる。それよりも心臓は嫌な音を立て、妙に身体が震えた。
彼の姿が見えなくなる前に一瞬だけこちらを見たような気がした。ううん、見てた。遠くからでも私の目には彼がどんな表情をしているか不思議なくらいに見えていた。
千木良くんは笑っていた。それも泣きそうな表情で。そして消えてしまいそうなくらい弱々しく。
すると、彼は力なく崩れ落ちたんだ。
「――っ離して!!!」
悲鳴にも似た叫び声をあげると掴まれていた手が解放された。真っ先に駆けつける。人集りの間を縫うように突き進んでいくと、心臓マッサージされている千木良くんの姿があった。
へたりとその場に座り込みそうになるのをぐっと足の裏で堪える。近くで私を呼ぶ声がした。けれど目の前の光景にしか意識が向いていなくて返事すらする余裕なんてない。
されるがままの彼はまだ血の気はありそうだけれど唇は冷たそうだ。
横目で捉えた人集りを掻き分けて入ってきた女性の手にはAED。授業や避難訓練で見た時より現実的なそれは緊急事態だということを私に知らせた。
「離れてください!」
よく通る声で周囲に注意を促した男性は安全を確認したあとボタンを押した。すると千木良くんの身体が大きく跳ね上がる。即座に心臓マッサージが始まり、再び電気ショックを与える……それの繰り返しを私は唖然と見ていた。
目の前で繰り広げられている命を蘇生する様子を私は正直見ていられなかった。なんだか辛そうに見えてしまったから。千木良くんも助けようと頑張ってる彼らは必死でいるのに。それなのに私はなんて愚かなのだろう。
こんなんじゃ駄目だと一歩前に出た。
「っ千木良くん!しっかり!」
「君、彼の知り合い? なら彼のこと呼び掛け続けてくれると助かる。まだ意識が戻らないんだ」
「はいっ」
泣きそうになるのを堪えて彼の名前を呼び続けた。だけどそれでも中々意識は戻らなくて……次第に視界が緩んできて涙を零した。
もうなんでこんなことに。なんでもっと早く彼を見つけていなかったのだろう。死なないで。死んじゃ駄目。私あなたに聞きたいことも伝えたいこともたくさんあるんだよ。何してるの。やめてよ。私をひとりにしないでよっ。
「空牙!」
咄嗟に叫んだ声はこのフロア全体に行き届くくらい響き渡った。