叫べ、叫べ、大きく叫べ!
ちょうど家の中から出てきた父と、タンカーに乗せられ力無く横たわっている母。
2人が救急車の中へ吸い込まれていく中、父が私を見た。
今までにない焦りの表情をして近寄って肩をガシリと掴んで言う。その声は至って冷静たった。
「香澄、母さんが倒れた。今意識がない状態だ。お父さんはこのまま母さんの傍に居るから、栞那のこと頼んだよ」
「わ、分かった」
そうは言ったけれど本当はなにも分かってない。何が何だかさっぱりだもの。頭が働いてくれなくて遠ざかる救急車を見送ることしかできない。
ゆらゆらと家の中に入ってリビングへ直行する。あまりにも酷い光景がそこにあった。それはまるであの日――初めて離婚届を見た日――家族の絆がバラバラになってしまった時みたいにたくさんのモノが散乱していた。
栞那はソファに居た。近づいて肩に触れるとビクリと震え上がって私を見上げる。その目は潤みを持ちながらも充血していて、目の周りは乱暴に拭ったみたいで真っ赤だった。
「……お、おね、ちゃ」
「栞那。大丈夫、大丈夫だよ」
そっと抱き寄せて腕の中に収めると栞那は嗚咽をこぼした。背中を擦りながら何度も「大丈夫」を繰り返す。それは自分にも言い聞かせるようにと、その言葉をおまじないのように体の中に叩き込む。
「わ、わたしが、っ、いけないの、……っお母さんが、倒れた、のは、っわた、……っわたしが……」
胸の中で事の経過を紡いでいくように伝えられる。落ち着かせるように背中を撫で続けながら目の前に広がっているモノを見渡す。
そして事の発端となったであろう散りばめられた紙屑を見つけた――離婚届だ。
もう修正が効かないそれはあの時のものだろうか。そう頭で推理していると栞那が「2枚目」と言った。
なるほどと腑に落ちる。以前電話で母から問い詰められた事を思いだしさらに納得する。
「前も栞那が?」
「……っ、そ……ごめんなさ、っ、私が破ったのに、お姉ちゃんの、っ……せいになっちゃった……っぅ……」
「そんなのいいんだよ。気にすることないから。ね? ……破った理由なんとなく分かるよ」
私も破ってみたかった。散々離婚しちゃえとか思っていたのにいざとなったら『して欲しくない』が大きくなっていた。
家族が本当にバラバラになってしまうのが怖かった。だけど破きたくてもモノが見つからないからどうにも出来なくて、そんな時に母から電話が掛かってきたんだ。
一方的に言われっぱなしで終わったけど、何言っているのか把握出来ていなかったけど、心のどこかではほっとしていた。これでまだ“家族”でいられる。バラバラになることは無いんだと。
「あの時栞那が破ってなかったら今頃こうしてないと思うから。一緒に住んでいなかったと思うから。ありがとう。破ってくれて」