叫べ、叫べ、大きく叫べ!
「待って千木良くん!」
同じフロアの渡り廊下を渡った先には東病棟が隣接されていて、ナースステーションと小さなラウンジ、そしていくつもの病室が連なっていた。
彼をはっきり捉えたのは小さなラウンジ。そこには長椅子が2つと自動販売機が2台。濃く立派な深い緑の観葉植物は見晴らしの良い大きな窓に寄り添うように端に一つ立っている。
ほんの少し修学旅行のあの夜を思い出させた。
千木良くんは窓の外を眺めるかのように立っていて、私はその背中に語りかける。
「千木良くんこんな所で何してるの。このままじゃ危ないんじゃないの? 早く身体に戻んないと、目覚められなくなるよ!? 聞いてるの千木良くんっ」
なぜ彼は何も反応してくれないのか。逆に私が焦るばかりだ。そんな風に必死になっているワケは、興味本位で体質について調べたからだ。
学術的には別名、体外離脱ともいうそうだ。体験者はそれを『明晰夢(自分で思い通りに動ける夢)』と報告されているらしい。
だけど彼の言う『幽体離脱』とは調べた限り当てはまるのは霊的なものだと私は判断した。
だってあの日千木良くんの身体の足元には白い糸みたいなものが引いてあったから。それは肉体と結ばれている糸だとも彼はハッキリ言っていた。
この糸が切れてしまったら死んでしまう――と書かれてあったのを思い出すだけで震えが止まらない。
だから私は彼以上に焦っているんだ。
なのに、無反応過ぎてひとりで焦っている自分が馬鹿みたいに思えてくる。
「千木良くん聞いてるの?なんで焦ったりしないの?この状況危ないって自分でも分かってるんでしょ!? このままじゃ本当に戻れなくなるよ!?」
彼の肩に触れようと手を伸ばすとスカッと空を切った。見えているのにここに存在していないことを痛感しながら千木良くんの前に回る。
下からのアングルだけど、ただ真っ直ぐに見つめる彼の顔は半透明でも凛々しくて思わず見惚れてしまう。
だけど何も意志を持たない瞳はより濃く深くみえた。
彼を呼ぶと一瞬こちらに視線を預けたけれど直ぐに前を向いてしまう。今までに見たことの無い冷ややかな視線に私は凍りついてしまいそうだった。