叫べ、叫べ、大きく叫べ!
扉を開けると真夏の夜の匂いがじんわり熱を帯びて私を包んだ。
なんだか『おかえり』と屋上に出迎えられたみたい。心の中で『ただいま』と言ってしまえば口元が緩む。
ぐいーっと背伸びをしてしまうのは3年間通い続けてきた癖なのだろう。
もうすっかり夜だ。フェンス越しに見える街並みはあの頃よりそれ程変わりなくて、街灯や建物の明かりのお陰でこの街は綺麗に瞬いている。
もう19時になっちゃったかな。
そう思ってスマホを点けるとちょうどタイミング良く19時で、同時にチャイムが鳴った。完全下校の時間だ。
どうしよう。こんな時間まで居ていいのかな。先生は好きに廻っていいって言ってくれただけで時間指定はしてなかったけど……さすがに帰った方がいいよね。
私この後病院に寄らないとだし。早く千木良くんに会いにいかないとだし。面会時間まであと1時間。間に合うかな。
……不安だ。
そう思いながらも懐かしい梯子を見つけて歩み寄った。
タンタンタンと足を掛ける音に胸が高鳴る。
私の定位置はもうすぐそこだ。
ひょっこりと顔だけを覗くと登る足を止めた。誰も居るはずのないその場所に誰かが寝転んでいたから。
誰かっていうより────。
ひゅぅ、と息を呑んで、思考が停止する。
信じられないと口元を手で覆った。
見開いた目は穴が空いてしまいそうなくらい彼を凝視する。
まって、どういうこと。
なんで……。
信じられない信じられない信じられない。
なんで…こんなところに……。
「ち、ぎら、くん……?」
そこには初めて会った日と同じように寝転がっている千木良くんがいた。
当時と違うのは服装だけ。
恐る恐る手を伸ばすとゆっくりと目を開けた彼と目が合った。
その途端にバクンと心臓が飛び跳ねて。
引っ込めようとした手は瞬時に掴まれて更に加速していく。
寝転がったままの彼は私を見るなり名前を呼んだ。「夏澄」と。
喉元に込み上げてくる熱いものが涙腺までを刺激する。
千木良くんの声だ。千木良くんだ。温かい。ちゃんとそこに───。
「ねえっ、なにしてるの…千木良 くん……、なんでいるの、病院にいるんじゃ なかっ、の ? いつ目覚めた、の……っ」
掴まれていた手を今度は私が掴んだ。何度も、何度も。確かめるように。ぺちぺち叩いてもみたりする。
笑いながら痛いと伝える彼を無視して確かめ続ける。
いつの間にか千木良くんと私は向き合って座っていた。
目の前の彼に集中しすぎていつ登りあがったのか分からない。泣いてることすらも忘れてただただ彼に触れたくて手を伸ばす。
今度は顔へ。
拒まれるけれど力づくで続行する私に諦めたのか彼はゆっくり目を閉じた。
完全にされるがままの千木良くん。摘んだ頬は意外と柔らかくて気持ちいい。
千木良くん、千木良くん、千木良くん……。
心の声は涙と嗚咽に変わるばかりで。会えて嬉しいのに何も言葉が出てこない。一番言わなきゃいけない言葉があるのに。それすらも嗚咽で消されてしまう。
そんな私に千木良くんがくすりと笑って言った。
「夏澄、ただいま。待たせてごめん」