time~元暴走族豊×キャバ嬢カナ~

あたしの前に置かれていた空のグラスを手に取り、お気に入りのカクテルと入れ替えてくれる。


「少し前に兄さんの実家の会社が潰れた。潰れたというより、父親に騙されて乗っ取られた。」


「そ、そん…な……」


カウンターの中で手を動かしながら、文ちゃんはあたしとの会話を続ける。


「守るものがなくなった兄さんは浅葱家を捨てて姿を消した。きっとカナが探したところで見つからないよ。」


家族の話をしている時よりも、落ち着いた口調で話しているものの、感情がまったく入っていない言葉が妙に不気味だった。


文ちゃんに対して恐怖さえ感じてしまう。


「マンションは貰っておけばいいと思う。」


「…でも。」


「兄さんの気持ちを受け取ってあげてほしい。」


あたしのほうを見ずに頭を下げる文ちゃん。


そんなことをされたら、「わかった」と言うしかない。


あのマンションも浅葱の気持ちもあたしには受け取るという選択肢しかなかった。
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