国王陛下は無垢な姫君を甘やかに寵愛する
「あなたには大変な思いはさせたくないわ。じゃ、もう行くね」

 
ルチアは立ち上がると、ふいに海の中へ飛び込んだ。

「ルチア! 疲れているのにっ!」

「だって、友達が待っていたから。じゃあね! エラ」
 
海の中からひょこっと顔を出したルチアはあっけに取られているエラに手を振ると、すぐ近くにいるイルカに近づく。
 
可愛い眼のイルカは三年前からこの辺りにおり、今では仲のいい友達だ。ベニートという名前もつけている。
 
疲れているが、ベニートと一緒に泳ぐのは別だ。ルチアはベニートの背びれに掴まり、勢いよく水をきったり、じゃれ合うように泳ぐのが好きだ。

いつの間にか、小型の帆船の近くまで来てしまった。

海面から顔を出し、ルチアは帆船を眺める。

(どうか、バレージより偉く、話がわかる人でありますように)
 
下では近衛兵がふたり立っているが、甲板には吊るされたところどころのランプの灯り以外、人影もなく、小型の帆船は静まり返っている。

「ベニート、もう戻らなきゃ」

自分の周りを元気良く回っているベニートにそう告げると、自分の小屋に近い場所を目指して泳いだ。

小型帆船の甲板には誰もいないと思っていたルチアだったが、ひとりの青年がいた。

ラウニオン国のユリウス王だ。
 
ユリウスは海からパシャンと音がして、その方向を見ると、切れ長の双眸が大きく見開いた。

月明かりに照らされた淡いブロンドの娘に目を見張る。

イルカと一緒に泳ぐ姿はまるで伝説の人魚のようだ。

長い髪がゆらゆらと波間に漂う姿はとても美しく、ユリウスは目が離せなかった。

「ベニート、もう戻らなきゃ」
 
透き通るような声が聞こえてきた。そして娘とイルカは別々の方向へ泳ぎ始めた。

甲板から豪奢な船内へ戻ったユリウスに、ジラルドは暖かい紅茶を用意し、テーブルの上に置いた。


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