国王陛下は無垢な姫君を甘やかに寵愛する
「おばあちゃんと置いていけません。おばあちゃんは絶対に街では暮らせないから」

 
祖母を大事に思っているが、ユリウスのほうがその気持ちは勝っている。だが、付いて行けば慣れない街でみじめな思いをするはず。断るためには祖母を出すしかなかった。

「ルチア、よく考えてほしい。ここにいても毎日同じことの繰り返しだ。街で暮らせば音楽や絵を習ったり、好きなことが出来るんだ。美味しいものも食べられて贅沢できる」

「わたしの好きなことは……今の日常です。海に入って友達と遊んだり……」
 
そう話していて、自分が毎日やっていることは面白味のないものだと気づく。

「そのうち……わたしはジョシュと結婚して子供を育てることになると思います」
 
ユリウスの双眸が大きく見開かれる。

「ルチア! 君は好きでもない男と結婚して子供を? そんなバカな!」

「今は恋人じゃないけれど、おばあちゃんも言っていました。愛されて結婚すれば幸せになれると」
 
本当はジョシュと結婚する気もない。ましてやユリウスにされたようなキスは絶対に嫌だ。だが、街へ行かない嘘の理由をルチアは紡いでいた。
 
ユリウスは突然立ちあがり、甲板の縁に近づきルチアから背を向ける。

(ユリウス……)
 
薄明りに浮かぶ美丈夫の肩がこわばっているように見える。
 
ルチアはそっと立ち上がった。

「ユリウス、さようなら……」
 
ユリウスはその声にピクッと肩を揺らし、振り返る。

「ルチア、時間をくれないか?」

「時間があっても無理です……」
 
今朝、バレージとジラルドの言葉が思い出される。

『街に行けばお前なんかあの方と目を合わすことさえできないんだ』

『バレージの言う通り、アドリアーノさまはお前のようなものがお会いできる方ではない。』

島の娘と貴族の恋はあり得ないのだ。


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