銀色の月は太陽の隣で笑う
遠ざかる少女の背中が洋館の中に見えなくなるまで見送ったトーマは、ゆっくりと顔を上げて、星が瞬く夜空を眺めた。
濃紺の空に浮かんだ丸い月が、淡くて優しい光でもって夜を照らしている。
「あっ、そういえば……名前、聞くの忘れたな」
思い出したように呟いた直後、明日からもまた会える事を思い出したトーマは、まあいっかと地面に寝そべる。
大事な商売道具であるノートと万年筆は、バッグの中にしまって頭の下に。
見上げた月は、太陽とは違って眩しすぎないから、いつまでだって眺めていられる。
「いい月だな……。ここは、月も星もよく見える」
柔らかく降り注ぐ月明かりに照らされながら、トーマはぼんやりと夜空を見上げ続ける。
森の方から、フクロウの鳴き声が聞こえた。
街では夜でも煌々と明かりが灯っていて、人の声が絶えずいつも忙しないけれど、ここはまるで違う。
夜になれば明るく輝くのは月と星だけで、時折フクロウの鳴く声と、葉擦れの音が聞こえるだけ。
ここは静かで、とても心が落ち着いた。
「月と、森と、旅人……」
ポツリポツリと呟いて、トーマは頭の下に置いたバッグに手を伸ばす。
けれど、紐で縛ってあるその口を緩めようとしたところで、ふと手を止めた。
「……今は、いいか」
浮かび上がりかけていた物語を書き留めることはせず、トーマはそれからまたしばらく月を眺め、やがて体を横向きにして目を閉じた。
月明かりが、眠るトーマと、そして少女のいる洋館を優しく照らす。